第176話 穏やかな森
「さぁ、そろそろ行くよ。ノア」
「あぁぁ、ちょっと待ってユウキ。まだこんなに未読の書物があるのに…」
「はぁ…、全く。ノアはなんの為に転移魔法を覚えたんだい?」
「あ、そうか…!」
この空間のイメージをしっかり持って置けば、再びここに転移出来るわけだな。
「って、ユウキもか!」
俺が辺りをしっかりみてイメージを焼き付けている後ろで、ユウキは転移魔法で空間に穴を開けていた。
先の景色はリコスターローズの花畑だ。
「てへ。実は僕も転移魔法を覚えようとここに来ていたからね。早速覚えさせてもらったよ」
「来たこと無かったのか?ダンジョンを案内してくれたから、てっきり覚えていたのかと」
「1回、ファル・リコにダンジョンを案内させてもらったことがあったんだよ。それを何となく覚えていただけさ」
おぉ、すごい記憶力だな。
つまりこの世界には現状、俺とユウキの2人が転移魔法を使えるわけか。
「…あ、そう言えば転移魔法は俺の知識にもなった訳だけど、これは広めていいのか?」
「…そうだね。確かに、転移魔法が広がったら魔法界隈は更なる発展を望めるだろうね。だけど、確実に違法な使われ方や悪に染った使い方が出始めるのも目に見えてわかる…。だから、ノアが信じれる人に教えて欲しいなって僕は思うよ」
もしかしたら、ファル・リコもユウキが言ったことも含めてダンジョンという形で後の世に残そうと決意したのかもしれないな。
しかし、信じれる人に教える…、か。こうなった以上転移魔法という題材で発表は出来なさそうだ。
さて、まだ時間は腐るほどある。フェルとカルトとじっくり考えていけばいい。
「さっ、行くよ」
「あぁ、そうだな」
―――
ジェンドマザーとフェルと合流した俺たちは王国へ転移した。
ユウキもついでに俺の家に来ることになり、今夜はパーティにする予定だ。
折角だし、Sクラスのみんなも呼んで楽しもう。
フェルとユウキは話はしないものの、殺気などは感じず、穏やかな雰囲気であった。
親友を殺した相手にここまで穏やかになるものかな?と感じたが、恐らくユウキも堪えているのだろう。
俺がグライドとエリーゼの息子という事や俺と関わりがあるフェルの事、そしてフェルがどうしてファル・リコを殺したのかを考慮して我慢してくれているのだ。
ユウキは人格者だな。
親友を殺された憎さや復讐心はそう簡単に消えるものでは無い。
『みんな、俺の家でパーティをするんだが、来るか?』
『え?本当か?行きたいな』
『うん、行く』
『行きたいな』
『いいね、楽しそうだね』
そして…。
「よっ、カルト。心配かけたな」
俺が玄関を開けるとそこにはカルトがいた。
魔力感知でそこにカルトがいることは分かっていたので、とりあえず生還出来たことを報告する。
「…っ!」
「うわぁっ」
カルトが俺を認識するやいなや、カルトは俺に飛びついてきた。
予想外の行動で、俺は玄関で押し倒される。
「急に飛びついたら危な…」
俺がその行動を注意しようとしたその時、唇に暖かくてふにふにとした感触が当たるのが分かった。
「「!?!?」」
後ろではジェンドマザーとフェルが凄く驚いた表情になっていて、ユウキは微笑んでいた。
「カ、カルト?」
「心配だった…!!死ななくてよかった!」
身体強化の魔法を使っているのかと思うほどに強く抱きしめてくれるカルト。
…悲しい思いをさせちゃったな。
どんな敵にも勝てるように強くならなければ行けないな。
「…ありがとう」
「ノア様にカルト様、お洋服が汚れてしまうので玄関では寝転ばないように」
フルティエは真顔だが、どこか怖いオーラを放っていた。
怒ってるのか?
「あぁ、すまない。あ、そうだった。パーティをしたいんだが、頼めるか?」
「…もう、ノア様はいつも急ですね。かしこまりました」
頼りになるな、フルティエは。
さて、今日は思う存分楽しむか!
―――
幻影出できた穏やかな森の中に1件の家が立っていた。
そこに住んでいる夫婦はいつもの日課を済ませるために家を出た。
「ふぅ、ノアはちゃんと剣の鍛錬はしてるだろうか…」
グライドは一通り剣の素振りを終えるとそう呟く。
頭の中で常に考えているのは息子、ノアの事ばかりである。
それほどに心配なのだ。
「あぁ、ちゃんとしてるさ」
「そうだといいが…って、誰だ…おま…」
目の前には王国で頑張っているはずの息子がいた。
「えええええええええ!!!!」
グライドは驚愕のあまり腰が砕けた。目の前に息子がいることが不思議でしょうがない。
「しーっ。静かにして。母さんにサプライズをしたいんだよ」
「え?あ、あぁ、すまない…。ってどうやって来たんだ?」
「細かいことは後で話すよ。母さんは今家にいる?」
「あぁ、朝飯を作っている頃だろうな…」
「よし、行こう!」
ノアとグライドは家に着くと、玄関のドアを思いっきり開けた。
その音で気づいたのかエリーゼはこちらに視線を送る。
「ノア…、なの?」
「あぁ、ただいま」
「とりあえず、朝飯だな!母さんの料理は相変わらず美味いぞー?」
家族3人の語らいは穏やかな森に響くほどに楽しげだった。
―――
10章転移魔法編はこれにて終了です。
次回は11章からスタートです。
※タイトルをつけ忘れていたので、追加しました。
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