第175話 転移魔法

 転移魔法はイメージがとても大切だし、魔術全体にそれは言えることだ。


 例えば、炎を知らない天才魔術師は炎系統低級魔法は使えるが、正確には使えていない。


 それは炎を知らないからイメージ出来ずに、炎という言葉の想像から生み出した炎魔法では無い炎魔法だ。


 この世に炎を知らない魔術師が居ないために、魔術にはイメージが大切ということはあまり深く知られていない。

 それが魔術の発展を遅らせている原因だと私は考えている。


「ふむ、確かにな」


 イメージをするのは単純だが意外と気づかない。

 イメージの大切さを周知の事実とすれば魔法界隈は更に発展を続けるだろう。


 さて、転移魔法だが、これもイメージが大切だ。

 まずは自分の空間、次に移動する空間、最後に移動先の空間のイメージをしなければならない。

 移動先がどんな場所であるかやどういう風に移動するかなどをイメージするのだ。

 私はそれぞれの空間を箱として考え、穴の空いた箱から箱へ移動するというイメージを用いた。


「ふむ、部屋から部屋へ移動すると言ったイメージの方が良さそうだな。…転移魔法」


 理論が乗っている本を先に読んでおいたので、発動の仕方は分かる。

 このファル・リコの言う通りに部屋から部屋へ移動するというイメージを頭の中で繰り返す。


「ん?真っ暗だな」


 だが、俺の目の前に空いた空間の穴の先は真っ黒で薄気味悪かった。


「ノア、もしかしてどこに移動するかをイメージしてない?」


「あ、なんて凡ミスを…。確かに、移動先が無いと繋がらないな」


 どこに移動しようか。

 そうだ、地上の2人の場所に転移しよう。

 俺は銀色の花弁が舞うあの印象的な花畑をイメージする。


「お、空間の穴の先が繋がった」


 俺はその穴へ一歩足を踏み出してみる。

 すると、そこは本当にリコスターローズの花畑であり、ジェンドマザーが昼寝をしている。


「………ウォーターボール」


「きゃっ!冷…!」


 俺は急いで転移魔法を発動させると元の本棚がある場所へ戻ってきた。


「本当に出来てるみたいだね!ノアはやはり魔法の才能がずば抜けているよ」


「褒めてもなんも出ないぞ?」


「ははっ、単純にそう思ったんだよ。下心なんてないさ」


 俺は笑いながら「そうか」と返事をすると、再び書物を手に取り読み進めていく。


 転移魔法のメリットは単純な移動時間の短縮や逃げの最終手段などである。

 転移先の場所さえイメージ出来ていれば、大陸の端から端までの移動を1秒で出来る。

 八源厄災に襲われたって一瞬で逃げることも可能だ。


 だが、デメリットも存在する。


 デメリットは魔力消費が激しく連発は出来ないのと、ごく短い距離の転移が難しく、正確な位置に転移が出来ないことだ。


 八源厄災の私ですら何十回も連発すると全魔力を消耗するほどに魔力消費量は多い。

 そして、短距離の転移が何故難しいかと言うと…、例えば今の位置から5歩先に転移しようと思ったら5歩先の景色をイメージしないと行けなくなる。


 こうなると正確な位置に飛ぶのは難しく、転移前と後のイメージがごっちゃになってしまう可能性もある。

 そんな距離を転移しても意味が無いと思うかもしれないが、私は転移魔法を使い、相手の行動を一瞬で避けながら攻撃や不意打ちが出来ないか?と考えていた為に残念な結果であった。

 移動手段として考えるのならば転移魔法はこれ以上にないくらいに優秀であろう。


「なるほどな。しかし、ファル・リコはこの量の書物をよく書き上げたな?何歳生きてたんだ?」


 周りを見渡すと、転移魔法以外の魔法のことを記した書物が沢山本棚に置いてあり、中には俺の興味をそそるような内容をしている書物もある。


「彼女は年齢を気にしていたらしくてね、僕が頼んでも結局教えてはくれなかったよ。見た目は常に若かく、肌や髪の毛のツヤはずっと変わらなかったから正確な年齢は分からないよ」


 ふーん、周りの話からすると時の八源厄災ファル・リコは人間らしいけど、この書物の量や魔法の知識を見てしまうと本当に人間か疑ってしまうな。

 歳を重ねても、見た目は変わらないってユウキが言ってるし、何かしていたのかもな。

 それこそ、時の神クロノスから借り受けた力とかで。


「しかし、これほどの書物を世界にばらまいたら魔法界隈はとてつもなく発展するだろうな」


「うん。僕もそう思う。だけど、ファル・リコの師匠が転移魔法を世の人々に使わせたくないと拒んだ気持ちを尊重してあげようよ?」


「あぁ、ラルムが言ってたあの話だな。確か、ファル・リコの師匠が世間から迫害されたことに復習するために転移魔法を開発したと」


『まぁ、正確にはその師匠とやらが転移魔法を開発した訳では無いですがね』


「どういうことだ?」


『転移魔法は生まれてはこの世から消えを繰り返しています。最近生み出したのがその師匠らしいですが』


「何故生まれては消えを繰り返している?」


『分かりませんよ、そんなこと。神様にでも聞いたらどうですか?』


「いたらとっくに聞いてるよ」


 言うだけ言ってラルムは喋らなくなった。

 転移魔法が何故この世から消滅を繰り返しているのか…。

 全くの謎だな。


―――――――――


転移魔法とは、戦争の常識や移動の革命などの様々なものを根底から覆すような力を秘めています。

魔法の極地へと至った者は空間を移動するという理論を思い付き、それを実践して転移魔法というのは完成する。

逆に言えば魔法の極地へと至らなければ転移魔法の完成は有り得ません。

それほどに高度で難しい理論に基づいて出来ている魔法です。

そんな魔法を易々と他人、ないし魔法協会に明け渡すというのはそれだけ転移魔法の使い手が増えるということ。

つまり、歴代の転移魔法を完成するに至った魔法使いは、それを嫌って世に転移魔法というのは広まりませんでした。

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