第172話 ドッキリ?いいえ

 闇色の斬撃が俺の腹部に直撃する。

 それと同時に右腕に激痛が走り、立つことすらままならなくなった俺は、力なく倒れる。

 激痛が襲った右腕を見ると肩から先が完全に無くなり、右腕はどこかに飛んで行ったようだ。

 再び斬撃が襲いかかり、全身に今まで感じたことの無いような痛みが襲い、やがて感覚がなくなる。


 視界がぼやける。

 魔法を唱える気力も無い。


 フェルは大丈夫だろうか?


 …あいつは八源厄災だ。

 そんな簡単に死なないだろう。


 …意外と呆気ない死だったな。

 何も無いまま年老いて、老衰する人生を想像してたが、この世界に来て15年。

 一生分くらいの出来事が俺の周りに起こって楽しかった。


「ガハッ…、はぁ…はぁ…」


 何かが倒れた俺の上に乗ったような気がする。


 ユウキだろうか。

 そりゃあ憎いだろうな、友達を殺されたのだから。


 不思議と自分の死が分かる。

 あと1分くらいで俺は死ぬだろうな。


 やり残したことだらけだ。

 魔法や剣術やら…。

 だが、そんなことよりも最後に…。


「エリ…ゼ、グラ、ィド。ま…た、会いた…」


 俺の意識は途絶えた。


 ―――


「エリ…ゼ、グラ、ィド。ま…た、会いた…」


 その言葉は闇の八源厄災に取り込まれ、身動きが取れない僕の耳に鮮明に聞こえた。


『グライ、ド…?もしかして、この子が…。グライドとエリーゼの子供…』


 だが、その子供は今目の前で死にかけている。

 あと数十秒で死ぬ。


『ダメだ!ダメだダメだダメだダメだ』


 万が一、グライドという同名の人間がいたとしても、グライドの子供という可能性があるのなら、僕は見殺しに出来ない。

 あの時の恩はまだ十分に返せていないのだから!


『…僕の体を返せえぇぇぇぇぇ!!!!』


 時にして人間の意志の力は神をも超える。

 それをたった今彼が証明して見せた。


全魔力と引き換えの超再生リカバリー・オブ・ディスティニー


 花畑一帯を対象とした僕の全魔力と引き換えの回復魔法は全てを元通りに再現する。


「魔力欠乏症…だな。助けられて、良かった…」


 僕の意識はそこで途絶えた。


 ―――


 ジェンドマザーは悠久の時を生きてきたが、これまで一生懸命走ったことは無いと言えるほどに全力疾走をしていた。

 その心にあるのは「ノアが心配」ということだけであったが、それはジェンドマザーを本気にさせる程の理由になりえた。


 現在はノアが逃がしてくれてから2日経っており、辺りが暗がり魔物が跋扈する時間帯だが、ジェンドマザーは足を止めていなかった。


「…えぇい!なんと言われようがもういいや!体を大きくすればそれだけ早く着ける!」


 遂には、巨大なスライムとなったジェンドマザーはリコスターローズの花畑を目指す。




 リコスターローズの花畑に着いたジェンドマザーは、予想とは大きく外れた景色が広がっており驚く。


「え?なに…?とゆうか…」


 銀色の花畑の中に目立つ白毛玉がある。

 あれが恐らくフェルだろうとジェンドマザーは予想したが、何故か動いていないのだ。

 しかし、魔力は感じられて生きているようではある。


「おーい、フェルー?何やって…、え?」


 フェルに近寄って、状況把握を行おうとするジェンドマザー。

 だが、フェルの状態によって更に混乱させられる。


「…寝てる」


 目の前の白毛玉はあろうことか、2日前まで戦場だった花畑で寝ているのである。


 ジェンドマザーは辺りを見回して、少し遠くに、2人の人間を見つけた。


「あ!ノア!」


 これまた近くによってノアの状態を確認するが、…寝ている。


 更に、あのノアに襲いかかった人間もすやすやと寝ているのだ。


「…ドッキリか何か?」


 そう疑ってしまうほどに、この状況は異質だった。

 だって、2日前まで死闘を繰り広げていたはずなのだから。


「ちゃんと息はあるし、心臓も動いている…。別に大した異常は無さそう…」


 そう思いチラッと、ノアを見るジェンドマザーに背徳感が襲う。


「今なら…、ノアを襲っても誰も…」


「馬鹿か。我がいるのじゃ」


「うぇ!?」


 後ろを振り返るとフェルが起きていて、私の頭を叩いてきた。


「もーう。起きてるならそう言ってよ!」


「いや、つい数秒前に起きた。何か邪悪な変態スライムの邪な気配を悟ったのだろうな」


「ちょっと、あだ名酷くない?邪悪な変態スライムって…」


 そんなことよりも、まず先に聞くことがあったとジェンドマザーは思い出す。


「それよりもなんで寝てたの?戦ってたんじゃないの?」


「うーむ…。我の最強魔法とお主の最強魔法を模した魔法をノアが放ったが、それらは打ち消され、それと同時に斬撃が飛んできた。そこから記憶が無いのじゃ」


「え、まって。あの魔法打ち消せる人間いるの?」


「流石にそれは出来ないだろうが、スキルを応用したのじゃろうな。我だってあれを正面から打ち消すのは一苦労じゃ」


「確かに…って、あら?」


 ガサゴソと音がする方に視界を移動させると、そこにはノアとユウキが睡眠から目覚めたようだった。


「おはよーう。っとその前にごめんねー」


 ジェンドマザーはユウキをスライム製の縄でぐるぐる巻きにした。


「君は危険人物だ。動けないようにさせてもらうよ」


 それをユウキは受け入れるようにしていた。

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