第168話 凜然たる風に銀瓣舞う

「なにイチャイチャしてるの!ちゃんと探してるの?ノアが言い出したことなんだからねー!」


 後ろからジェンドマザーの大声が聞こえてくる。

 俺は咄嗟に握っていた手を離して、振り返る。


「え…、あぁ。探してるよ。それで、そっちはなんかあったのか?」


「んー、特にはなかったよー。どこにあるんだろうね…」


 花畑の周りにはないってことは、花畑の中心辺りにあるのか?


「…しかし、幻想的な景色だな」


 そう考え、広大な花畑の中心へと雑談しながら歩いていく。

 すると、中心に人影のようなものが見えるのが分かった。

 座り込んでいるのか、遠目からでは見えなかったが、確かに人のようなシルエットが見える。


 俺たちはそのシルエットに近づくために、花畑を進んでいく。

 すると、あっちも俺たちに気づいたようで立ち上がった。


「…君たちは、どうしてこんなところにいるのかな」


 その男は、黒髪で穏やかそうな顔と声で話しかけてきた。

 腰には両側に短剣が携えられており、それらはとても綺麗な装飾がされている。

 この暖かい日差しが差し込む花畑には少々似合わない厚着をしている男は、こちらにどんどん近づいてくる。


『ふむ…、あれは…』


「…ん?知り合いか?」


『いや、ノアも恐らく知っているでしょう』


 誰だ?黒髪ということは転移者かなんかか?


「…俺たちは転移魔法を習得する為に来た」


「転移魔法、ね。確かにあれは便利な魔法だね。でも、習得したい気持ちも分かるけど…」


 男はいきなり両腰に携えられた剣を、両腕に装備して構えた。

 その構えには一切の隙はなく、それだけでも彼がとてつもない強者だということが分かる。


「――僕には殺さないと行けない八源厄災ひとがいるから、習得は出来ないよ」


 瞬間、辺りに背筋が凍るほどの殺気が迸る。

 穏やかな声と顔とは裏腹に、その感情剥き出しの殺気は俺たちを恐怖させるには十分であった。


 男の手がブレる。

 そして、1秒にも満たない刹那の時間にて、男の双剣はフェルの首元に迫っていた。


「フェル…!」


 だが、その刃はフェルの首元には届くことなく、仕返しにフェルの蹴りが男の腹部に炸裂し、吹っ飛ばされる。


「なるほど…。今のが時の八源厄災…、いや、時の女神クロノスの力かな」


 男は口から滴り落ちる血を手で拭き取ると、再び立ち上がる。


(確かに今フェルの首元に刃は迫っていた。コンマ1秒後に切り付けられるほど、間近に。つまり、今のがクロノスの力って言うわけか)


「…結果改変の力だ。我が死ぬという結果を生きるという結果に改変する。攻撃するだけ無駄だ」


「ははっ、そうかな。結果を改変するなんていう世界の理から脱する力を連発なんて出来ないと思うけどね」


 そう言いながら、男は双剣を再び構える。

 何故かあの男はフェルだけしか狙っていないようだが、もしも被害がカルトに及んだら不味い。


「まてまてまてまて、ちょっと待て。とりあえずあんたは誰だ?」


「…結構有名だと思っていたけど、それは自信過剰だったようだね。申し遅れたね、僕はケイ ユウキ。転移者だよ」


 ケイ ユウキ?黒髪や名前からして日本人か?


『…それだけじゃ、ノアには伝わらないでしょう』


「おや、変な気配があると思ったら始まりの悪魔を飼い慣らしているのかな?凄いね、君」


『飼い慣らす…。まぁ、いいでしょう。ノア、彼は別名と呼ばれる方ですよ』


「はぁ?」


 世界最強の魔剣士…、エリーゼの森から出る時にエリーゼに聞いた王国と帝国の戦争の話に出てきたあの世界最強の魔剣士か?


「ははっ。説明ありがとう始まりの悪魔君。さて、話はそろそろ終わりにしようかな」


 不意打ちだったとはいえ、フェルの命にあと僅かなところまで迫った男だ。

 フェルだけに殿を務めてもらうのは苦しい状況になるだろう。


「あぁ。そう言えば、水の八源厄災にそこの2人は去っていいよ。殺す気は無いからね」


 チッ、まるで心を見透かされているような気持ちだ。


 …ジェンドマザーの人化が見破られているということは、やはりフェルも人違いとかではなく風の八源厄災として狙っているようだ。

 逃がしてくれるのなら、その言葉に甘えよう。


「…ジェンドマザーとカルトはすぐにこの場を離れてくれ。ジェンドマザー、カルトを頼んだぞ」


「でも…」


「この距離をカルト1人で歩くのは酷だ。誰かが付いてやらないとダメだと思う」


「…なんで、そんな今からノアたちがいなくなっちゃうような言い方するの…」


「もしもの話だ。死ぬつもりなんて1ミリもないよ」


 ジェンドマザーは一瞬悩んだようだが、俺の言うことを聞いてくれるようで、カルトを抱えた。


「ちょっ、ジェンドマザーさん…!」


「君の家で待ってるからね!」


 ジェンドマザーはカルトを抱えているというのに、身軽な身のこなしで山を駆け上がり、やがて姿が見えなくなった。


「…無駄死にする必要なんてないのに」


「無駄死に?馬鹿言え。誰が死ぬなんて言った?」


 場に緊張の空気が漂う。

 未だ風は強く吹き、銀色の花弁が空を舞う。


 そして、隣には純白の体毛を纏った一体の獣が風を従え、凛善とそこに立っていた。


「世界最強がなんだ?こっちは次元を超えた最高のコンビだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る