第167話 全ての始まり

「ハヤ…ト」


 口から小さく言葉が出てくる。

 冷たくなった手足、動かない眼球、鼓動しない心臓。

 それらが伝えてくるのはハヤトの「死」であった。


 たった1人の人間の死、されど我の心は崩れそうな程に締め付けられた。

 友達であったはずの、冷たくなったハヤトを抱き抱える。


「………」


 どうしようも無い感情が、我の心を支配する。

 生物に平等に訪れる終わり、死というものは理解しているが受け入れ難かった。


「ハヤト…」




 我はハヤトに教えて貰った地球の葬式の方法を実践して、ハヤトを供養した。


 そして、ハヤトが暮らしていた部屋に戻ってきた。

 静かな部屋の中に鳥の鳴き声が響き渡る。


 まだそこにハヤトの温もりがあるような、そんな錯覚までする程に我はハヤトを好いていたのだということに気づいたのだった。


 この部屋には1人の人間がいたことを忘れぬように、そして、誰かに荒らされぬように、幻惑魔法を使い周囲にカモフラージュさせた。




 ハヤトの死から数年後、我は数十年前のあることを思い出す。

 それは誰もが思いつかないような、ぶっ飛んだ発想だったことを覚えている。


 ―――


「あら、フェンリル。久しぶりね」


「チッ、ノーフェイスか」


 我が岩場で休んでいたところに、ノーフェイスがわざわざこちらに近づいてきて、話し始めたのだ。

 面倒臭い雰囲気しかしない。


「あァ、そんな喜ばないで。照れちゃうわ」


「…で、話は?」


「せっかちね。いきなりだけど、神の力を奪えるとしたらどうする?」


「はぁ?」


 あまりに荒唐無稽な話を振られる。

 頭がおかしくなったのか?やつに頭なんてないが…。


「神っていうのは、時々入れ替わるらしいのよ。神は完璧な不死身では無いから、新しい者に、体を喰わせてその者を新たな神として、誕生させるらしいわ」


「つまり、喰ったら力が奪えると?」


「そうよ、面白そうな話じゃない?」


「本当ならな」


 ―――


「神を喰らえば、力が譲渡される…」


 ハヤトは我の心の中でずっと生き続けるなどの、自分への励ましなどどうでも良くなった。

 目指すは「時の女神、クロノス」の捕食であった。

 時の女神の力を奪い、時間を逆行させてハヤトを復活させる為に。




 まず、我は時の八源厄災を殺した。

 時の八源厄災は人間の身でありながら、時の女神から力を借り受けていた。

 空間系の魔法は確かに凄かったが、側は人間だ。

 非常に脆く、一瞬で死に絶えた。


 そして、時の八源厄災と時の女神の繋がりが消える前に、我は時の女神の居場所を特定した。


 座標を特定し、道を辿っていくと神がいる間に着いた。

 そこには異様な雰囲気で立ち構えている時の女神がいた。


 時の女神、クロノスはやはり神と呼ばれる程に強かった。

 だが、クロノスは優しすぎた。

 我に一切攻撃を行うとことなく、死んで行った。


 ――そして、我はクロノスを喰らった。


 ―――


 我はハヤトの死んだ場所にやってきた。

 ハヤトの部屋に入ると、未だに心が苦しくなるが、もうそれは今日で終わりだ。

 時の女神の力で、ハヤトの体を巻き戻し、生前の姿で肉体の時間を停止させ、ハヤトは復活する。


 静かな部屋の中心に、ハヤトの亡骸が横たわる。


「今、復活させてやるから…」


 我はクロノスの力を全て使い、ハヤトの亡骸へと魔法を唱えた。


全てが巻き戻る女神の力リタイム・ツェイト・クロノス


 骨だけだったハヤトは、次第に肉が生成されていき、心臓などの臓器や耳や花、口などが生成された。

 手足は暖かく、心臓も鼓動している。


 ――だが、魂は戻っていなかった。


 血液は流れているし、呼吸もしている。

 だが、それはハヤトの抜け殻であった。


 既にハヤトの魂は輪廻の渦に取り込まれ、帰っては来なかった。




 そして、8年後。

 フェンリルはある人間に水系統上級魔法強烈な攻撃を食らう。


 その人間はまるで…。


 ―――


「ハヤトのようだった…、と」


 なるほど。

 纏めると、友達であったハヤトが死に、ハヤトを復活させる為に時間を巻き戻したが、魂だけは帰って来れなかった、ということか。


 確かに、俺はこの世界で生まれたのにも関わらず、両親の遺伝子を受け継いでいないかのような髪や顔の形をしている。言っちゃえば、日本人っぽい顔だ。その顔と転移者のハヤトの顔が似ていたってことだな。


「…ん?だが、フェルは俺をハヤトとは似ているが、別人であると思っているわけだろ?何故、俺に魔法を教えてくれてたんだ?」


「ハヤトと似ていたこともあり、ノアをハヤトの生まれ変わりだと感じた。一途の可能性を信じて、我はノアに魔法を教えることにした。それで思い出してくれぬかと。だが、どうやらノアが地球の記憶を保持しているのに、ハヤトの記憶は持っていないということが分かった。そして、ひとつの仮説が浮かび上がった。もしかすると、我がクロノスの力を使い、時を戻した拍子にノアの魂がこちらの世界に転移してきてしまったのでは無いだろうか、という仮説だ。神の力は分からないことだらけで、この世の理を脱する力じゃ。この仮説の現象が起こっても不思議ではないと感じたのじゃ」


 ふむ、クロノスの力でハヤトの全てを巻き戻そうとしたが、魂だけは輪廻の渦に巻き込まれ、帰っては来れなかった。


 そして…。


「俺、実は1回死んでるんだ。だからそんなこと気にすんな。フェルは仮にも八源厄災なんだろ?」


「死…っ!?つまり、ノアは転生者、というわけか…?」


 …フェルが俺を見つける8年前、クロノスの力でハヤトの体を巻き戻したが、魂だけが帰って来れず、クロノスの力はハヤトに似た「日本人」の魂…、つまりその日ちょうど事故で死んだ同じ人種で背格好も似ていた俺を埋め合わせとして、この世界に送り込んだ。

 だが、ハヤトでは無い俺はハヤトの体に適性は無く宿れずに、この世界で産まれてくる人間として生を受けた。


 仮説だが、これが一番しっくり来るな。

 今まで転生者はいなく、転移者しかいなかった理由もこの仮説で辻褄が合う。


「ははっ、そうだよ。1回死んだ人間と、神を殺したフェンリル。最高のコンビだと思わないか?」


「ふっ、そうだな。確かに、そうだ。最高のコンビだ」


 強い風が花畑を疾走する。

 それによって銀色の花畑は散り始め、空は銀色の花弁が舞う幻想的な光景になる。


 俺はフェルの近くに寄り、手を握った。

 その手はこの風に負けず、暖かくて温もりを感じた。


「これからもよろしくな、相棒」


「あぁ、よろしくなのじゃ」

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