第149話 死、手中の主。感情

 魔術師同士の戦いはどんなイメージを持つか、そう聞かれたら王戦祭を観戦する者たちは口を揃えて「地味」と答えるであろう。

 それはその通りで、一般人がイメージしている魔術師というのはド派手な魔法を放ち、魔物を一瞬で倒す、というものだろうが、目の前で繰り広げられているのは刹那の一瞬でどちらが素早く魔法を放てるか、という勝負なのである。


 だが、今日この日、観客のイメージが大きく変えられることになる。


 目の先にいる人間の少年とエルフの貴族が大魔法を放ちながら、そして駆け回りながら戦っているのだ。


 その試合は後に王戦祭魔法部門を大きく変遷させるきっかけになるのだった。


 ―――


「はぁっ!」


「くっ、私よりも10分の1も生きてない人間の少年が最早ここまでやるとは思わなかったぞ」


 上級魔法を腕で弾き返したアルフィはそう言って、距離を取り一息つく。

 俺も魔法の撃ちすぎと駆け回りまくったから息が切れて肩で息をしている。


(大魔法が封じられるとこうも決定打に欠けるのか…。勉強になったが、この状況を切り抜ける手段は見つからない)


「…お前、100歳以上だったのか」


「あぁ、エルフというのは長命だからな…。人間のその歳でここまで張り合えるのはハッキリ言って異常と言える。お前はなんだ?」


「はぁ?何意味のわからないことを言ってんだ?俺は俺だ!!」


 俺の熱くなった心の無意識下で放たれた魔法は上級魔法のそれを優に越すとてつもないものだった。


 ましてや100などに受け止めきれるはずのない…、致命の一撃。


「しまっ…!!!!」


 ドガンッ!!


 炎の炸裂音がコロシアムを支配する。

 明らかに異常な威力と爆音は観客にも同様を与える。


「…ふっ、それがお前の本気…、なの、か」


 アルフィは黒煙から手を失った状態で何とか出てきた。


「お前…」


「…!勝者、ノア!!」


 観客はその光景に動揺しながらも、歓声を送る。


「…女神の祝福セレスティション・ブレッシング


 倒れたアルフィの体が見る見る回復していき、欠損した腕や切り傷が元通りに戻っていく。


 意識は戻らないが、全て完全に回復させたから大丈夫だろう…。

 アルフィをスタッフに医務室まで運んでもらって俺は次の試合の準備へと移るのだった。


 ―――


「君、凄いね」


「………」


 ふむ、私の予想ではかなり盛り上がって戦いが始まる予想をしてたのだけど…、さっきのが精神的に来ているのかもしれないわね。


 私も昔は感情の昂りで、魔法が急激に増幅されて制御が効かなくなった時があった。

 あの時は魔物相手だったから精神的にも大丈夫だったけど、やはり相手が人だと罪悪感が襲ってくるものだ。


 やはり、この子は異常な強さを持っていてもまだ未熟…。ぜひ私の弟子にしたい。


「この試合で私が勝ったら君を弟子にしたいと思っているわ。どうかしら」


「弟子…」


 …ここですぐ決めろ、なんて言うのは少々酷でしょうね。


 取り敢えず試合を始めましょう。


「では、両者構えて」


 ノアは初手で魔法を放ってこなかった。

 つまり、それ用の魔法がないと考えるのが妥当だ。

 私もそれで決着がついたら呆気ないから、撃ち合いに持っていこう。


「始め!!!」


 ピシュンッ!!


「…!?」


 私の認識外で頬を何かが通過した。

 血が頬を伝って滴り落ちてきて、それと同時に冷や汗が額に浮きでる。


守護の領域エリア・フィールド


 私は全方位に防御魔法を展開して、次の認識外の攻撃を防げるようにする。


「…君、弾速が早い魔法を使えないわけじゃなかったのね」


「…?俺はなんでも使えるよ」


「な、なんでも…?」


 何故か私はその言葉に恐怖を抱いた。

 何が怖かったのか、私にはその一切は分からないが、その無垢な表情で放たれた言葉は不気味さを孕んでいた。


 そして、その感情が正解だと悟る。


 パリン。


「なっ、私の守護の領域が…!」


 目の前で私の守護の領域と引き換えに威力を失った魔法が私の隣を通り過ぎる。

 その超高速の魔法の正体を見て私は戦慄する。


「…中級土魔法ロックショット…!?」


「…そんな焦った顔をしたら俺が絶望しちゃうだろ。こんなただ弾速を速くしただけの魔法に驚かれてたらさ」


 目の前にいるのはあの可愛い少年だったはずだが、気づけば目の前にはまるで大蛇がいるように私の体は強ばって動けなくなる。


 そして、その後少年からロックショットが放たれる。

 その魔法は私の認識で追える事を自覚した。


(何故?わざと私に見えるように弾速を遅くした?いや…、私の体は認識よりも遅く、鈍く動いている。つまり…これは意識だけがロックショットを視認している…?これはまるで走馬灯のような…)


 あぁ。私…、死…。


「この威力で放ったら死んでしまうよね」


 その声で私の体は現実に引き戻される。


「…降参だわ」


「勝者!!!ノア!!!遂に3冠を達成だッ!!!!」


 観客の歓声が遠のいていく…。

 緊張の糸が切れたようだ。私の意識は深い海の底へ沈んでいくのだった。




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