第111話 古より蘇る大地の化身 その拾参

 クソっ!!なんなんだ!なぜ、大海の化身がここにいるんだ!


 地面から勢いよく飛び出したゴッシブルは膝から崩れ落ちたまま思考を高速に巡らせていく。


 つまり、あの斬撃を飛ばす人間の仲間ということか?


 何故だ、何故こんなタイミングで八源厄災と戦わねばらならんのだ。


「我はジェンドマザーによれば新参者なんでな。ニュービーの一撃を食らうが良い」


 小さき人間が私に近づいてきて、訳の分からないことを言う。


『なに?新参者だと?』


「この世の悉くよ、我に集まりて力となれ。ニンリルよ、我に嵐の力を。放つのは嵐を纏った大厄災、全てを呑み込め」


 この魔力は…!

 この小さい人間も八源厄災だと言うのか!?


 クソ!クソクソクソ!クソが!!


 何故こんな僻地に八源厄災が2人もいるんだァ!!!


悉皆滅ぼす死滅の嵐流カタストロフィ・テンペスト


 ―――


 フェルの果てしない嵐に呑み込まれたゴッシブルはその断末魔を辺りに轟かせながら足掻き続ける。


 そして、ようやくジェンドマザーが地上に戻ってきた時にその嵐は止んだ。


「古魂のゴッシブル、吸い取った獣人族の魂を返してやれ」


『くっ…』


 嵐によりズタボロになって動かなくなったゴッシブルに話しかける。


『これは私に勝ち目はなさそうだな』


 そう答えたゴッシブルは、穏やかな口調になる。


『返してやったぞ』


 そう言うとみるみる体が小さくなっていき、身長3メートルほどになった。


「私は長く生き過ぎたな。空腹の癇癪で獣人族に多大な迷惑をかけた」


 …本当はこいつもジェンドマザーのように根は良い奴なのかもしれないな。


「私はもう死ぬことにするよ。ちょうど命もそこの新参者に削られた。いい一撃だった」


「ふは、何万と生きる怪物に褒められたのじゃ。気分は悪くは無いぞ」


「…ゴッシブル、俺のところへ来ないか?死ぬなんて言うなよ」


「はははは!それも良いかもな!八源厄災が2人も居ればさぞ、毎日が喧しいだろうな」


 この古魂のゴッシブルは地面から出てきた。

 つまり、千年、いや数千年、数万年の間、地中でずっと1人だったのだ。


 寂しかったのか。


 八源厄災も生物だ、それくらいは思うかもしれない。


「だが、私は獣人族と文字通り魂で繋がった存在だ。供物が無くともそれは変わらない。それをついさっきまで忘れてた」


 そう言うとゴッシブルは自身に魔力を収束し始める。

 その魔力は害を感じるものではなく、何か暖かい、そんな感じがした。


 やがて途方もない魔力がゴッシブルに集まり、魔法を唱えた。


未来永劫の古魂の大領域エタニティ・エンソウルフィールド


 ゴッシブルが放ったのは里を全て覆うような巨大な大結界だった。


「私の中にある全ての魔力をこの結界に注ぎ込んだ。私はここで死ぬとするよ」


「そうか」


「あぁ。ありがとう、人間。それに、水と風の八源厄災よ。お前らのおかげで忘れていたものを思い出した気がするよ」


 そう言い残し、ゴッシブルの命の脈動は終わりを告げた。


 ―――


「ゴッシブル!遊ぼうぜ!」


 あれ…、ここは…。


 そこには小さな家屋が数件森の中に建つ獣人族の里であった。


 …そうか、ここは。

 私が生まれた場所。


 何万年前だっただろうか…、私はここで…。


「おい、聞いてんのか?」


「あ、あぁ。なんだ?」


 そして、この小さい獣人。


 エンソウルこそが私を生み出した歴史の舞台には顔を見せずに死んだ、ただの獣人族…。


「今日は森に行くぞ!」


「エンソウル、最近は魔物が獰猛化していると里のみんなが噂をしていたぞ」


「そんなの関係ないよ!だって、俺にはゴッシブルがいるだろ?」


「…あぁ、そうだな」


 そうだ、ここで私はエンソウルと森の中に入った。


 そして…。


「ゴッシブル、危ないっ!」


 私を庇ってエンソウルは魔物に殺された。

 私は所詮、命が宿ったゴーレムだ。


 なのに、何故?


 あの時の私は流す涙も無く、その場に立ちつくした。


 …今ならエンソウルが私をなぜ護ったのか分かる気がする。


 …私も歳をとり過ぎたようだな。


 大地の神ガイアに神力の一端を借り受けたその日から命は永遠に続くと思っていた。


 そして、何万年後かにエンソウルの子孫である獣人族に空腹だからと言って無理やり魂を抜き取った。


 私はあの時死んで、エンソウルが生き残ればよかったんだよ、なぁ、エンソウル。


 私は記憶の中のエンソウルに話しかける。


 声は返ってこないと分かっていながらも、何故か声をかけた。


 だが、その予想とは反した結果が残る。


「そんなことないよ。お前は深く考えすぎなんだよ」


「エン、ソウル?」


「あぁ、忘れちゃったのか?」


 目の前にでてきたその獣人族を目の前にして、目から水が滴り落ちてくる。


「この何万年かで、泣き虫になっちゃったのかよ」


「…あぁ、そうみたいだ」


「泣いてないで遊ぼうぜ!ここには何も無くて退屈してたんだ!」


 …気がつくと何も無い地平線が見えるところに来ていた。

 辺りを見渡しても誰も、何も無い。


 まさか、ここに何万年もいたのか。


「苦しくはなかったのか?こんなところにいて」


「あぁ、苦しかったよ。寂しかった。けどさ…」


 そのエンソウルの笑顔に私は引き込まれそうになる。

 あぁ、本当にエンソウルはこんな奴だった。


「俺にはゴッシブルがいるだろ?」


「…あぁ、そうだな」


 私の頬を伝った涙は既に乾いていた。

 

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