第95話 格

「…なるほど、今まで使っていた魔法とはまるで違うな、神聖魔法というものは」


 今までの魔法の構築とはまるで違くて、かなり複雑に作られているようだ。


 …ん?


 ここの構築、短縮出来ないか…?


 チッ、流石に図書館にある程度の魔法書だな。

 初見の俺でさえ改善点が見つかる程の出来の荒さだ。


 まぁ、基礎さえ分かればそこから発展させて行けばいい。


「ホーリーライト」


 さて、これが初級神聖魔法の「ホーリーライト」だな。


 俺の掌に小さくも力強く光り輝く魔法。


 効果は…、魔なる者乃至物への浄化、光源としての使用。


 なるほど、な。

 だいたい俺のイメージしたような魔法だな。


 そして、あのオーウェンを乗っ取っている悪魔を浄化させたい訳だが…。

 魔力感知で確認したり、気配の消し方を顧みるに上級神聖魔法では完全に浄化させるのは難しそうだ。

 フェルが言うには、悪魔は生きた年数が長い程に強さを増す特徴がある。

 他の悪魔を見た事がないから憶測でしかないが…、今ここで派生乃至強化をしてみるか。


『おい、まだか?我の方は大丈夫だが、神聖国から数百人の人間の塊がこっちに向かってきてるぞ。あまり時間は無いかもしれないのじゃ』


 うぇ、マジかよ。

 フェルの方は大丈夫だろうが、神聖国の人に見つかるのは色々と面倒だな。


 …だが、もう俺は神聖魔法を派生乃至強化すると決めたのだ。


 目の前に1000万円が落ちていたら、それを拾って自分の好きな事に使うだろう。


 今の俺はそんな気分だ。


 やらなきゃ気が済まない。


『…あと数分だ。神聖魔法の構築をまだ理解出来てない』


 嘘をついた。


 待っててくれよ!フェル!


 ノアは早速神聖魔法を弄り始めた。


 ―――


 悪魔の肉体には疲労という状態異常バットステータスは無いが、主界に来て器を乗っ取った悪魔は例外であり、この主界の理から脱することは出来ない。


「ハァ…ハァ、器ガ邪魔ダ…」


「ふは、なら捨てれば良い。そうしたら主界にはいられないだろうがな」


 オーウェンは肉体を鍛え抜いており、常人は比較にならない程に体力があるだろう。


 だが、それは子供の中ではという話である。


 生粋の冒険者を乗っ取っていればもう少し動けたのだろうが、アルカルハは既に疲労している。


「…オ前ヲ乗ッ取ッテヤル」


「ふ、ふははは!!我を乗っ取る!なんと愚かしい発想か!」


「何ヲ笑ッテイル?オ前ガ強イノハ認メヨウ。ダガ、精神ノ強サハドウスルコトモ出来ナイ。ソノ余裕モ後悔トシテオ前ニ襲イカカルゾ」


 アルカルハはオーウェンの肉体を一時離脱すると、星幽体のままフェルに近づく。


(ハハ、高慢ナル人間ヨ。心ノ底カラ後悔シ続ケルガイイ)


 アルカルハは更にフェルに近づき、乗っ取ろうとした。


(!?)


 だが、そこにあった生物としての「格」の壁がアルカルハのその全てを拒絶した。


 ――我は八源厄災ぞ。


 その言葉に秘められた恐怖と殺気は、悪魔王キング・デーモン程の悪魔ですら簡単に震え上がらせる程の漆黒に染め上げられていた。


 アルカルハはすぐさまオーウェンへと帰還すると、転移魔法にてこの場からの脱出を試みた。


反魔法域アンチ・マジックエリア


「ナ、何故!?」


 だが、転移魔法はフェルの魔法にて阻止されて、希望は絶望に変わる。


「ノア」


「あぁ」


 そして、強大な神聖魔法を放つため出てきた黒髪の少年が、魔法を唱えた。


 ―――


魔浄の聖域リ・サンクチュアリ


 広大な荒野に膨大な光を内包した魔法陣が展開される。

 その魔法陣は己の目的である魔なる者を浄化する為に、アルカルハへと一気に収束していく。


「ナンナンダ!ナンナンダヨ!オ前ラハ!!」


 全ての選択肢を無くし、最後には叫ぶことしか出来なくなってしまったアルカルハ。

 その間にも途方もない光が一点に集まっていく。


「コ、コンナノ…。わたくし悪魔王キング・デーモンナノダゾ!?」


「…オーウェンを返せ」


 力を増していく魔浄の聖域リ・サンクチュアリは、悪魔王ですら平等に浄化していく。


「ガ、ガア!」


 そして、魔法陣の光は消え去った。


 そこには脱力して倒れたオーウェンが居た。


「良かった」


「…まずいぞ。神聖国の人間が来ている。さっさと逃げるぞ」


 その言葉を聞いて、オーウェンを担ぎあげて、早足で荒野を駆け出した。


 ―――


「こ、この神聖魔法は…!?」


 悪魔が飛んでいったという方向へ急いで来てみれば、とてつもない光と魔法陣が遠目から見えた。


「なんだ!?こんな神聖魔法の使い手なんぞ、数十年現れていないぞ!?」


 そして、その光は1点に集中して行くと、その光の中心にいた悪魔の気配は完全に消滅した。


「…なっ!?悪魔王レベルの悪魔をたった1回の神聖魔法で!?」


 驚愕が続いて中々先に進めなかったが、急いでその使い手と面識を持たなければ。

 あのレベルの神聖魔法は我が国に必要だ。


「…もう行ったあとか」


 そこには幾らかのクレーターが作られた荒野が広がっていた。

 あの神聖魔法の使い手は、悪魔王の攻撃を交わしながらも浄化して見せたのか。


「…今すぐあのお方へ報告しよう。あの神聖魔法の使い手はなんとしてでも我が国に…」


 報告のために直ぐに折り返して、部隊は神聖国へと向かうのだった。


 ―――


「…何事?」


「なにやらこの神聖国に、悪魔と人間が侵入したようです」


 ゆらゆらと揺らめく炎が、漆黒の空間を照らす。


「人間、か。悪魔よりそっちの方が気になる」


「はい、我々の部隊が確保するためにいま進行中です」


 その炎はひとつ鼻で笑うと、命令を下す。


「そうか。ひひっ、早く捕まえてこいよ」


 揺らめく炎はその勢いを衰えず、寧ろ力強く燃え上がった。

 その輝きは悪意を孕んでいた。

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