第89話 謎の女

 俺が依頼を完了して、豪邸に戻るとフルティエとアルトルがもう既にいて、奴隷も2人連れてきていた。


「2人、か。そんなに役立ちそうな奴隷が少なかったのか?」


「いえ、私もアルトルも同じ理由で、1人でも大丈夫と判断したからです」


「そうか、なら信じるよ」


 フルティエが連れてきたのは男のダークエルフだ。

 割と細々とした体付きとあまり高くない体躯で少し髪が長いこともあって、女っぽいダークエルフだ。

 アルトルの方は少し窶れ顔の人間の女奴隷だった。これが、ライタブ中毒者か。

 実際には見た事がなかったが、地球での麻薬のようなものか?


「…なるほどな。それなら、2人の名前を教えてくれ。じゃあ、ダークエルフの君から」


「私は、クレランスです。基本的にはなんでも出来ます」


 ふむふむ。


「なるほど。じゃあ、君は?」


「シェーリン…です。料理が出来、ます」


 なるほど、な。

 このライタブ中毒というシェーリンはかなり苦しそうだな。

 うーん、何とか治してやりたいが…。

 恐らく、キュアオールでも中毒は治りそうにないな。

 中毒症状に聞きそうな魔法の開発も進めていこうか。


「よし、分かった。クレランスはフルティエに仕事を教えてもらってくれ。シェーリンは無理をしない程度にアルトルの手伝いをしてくれ。部屋は適当に決めてくれ」


「分かりました」


「分かり、ました」


「よし、ちょうどいいし就職祝いにご飯だ。アルトル頼むよ」


「分かりました。直ぐに人数分用意致します」


 アルトルが早速料理に準備に取り掛かる。

 出てきた料理は相変わらず絶品であった。


 ―――


「はぁー、マジで見つかんねぇなあ」


 ダーグはご飯を食べながら、不満を呟く。

 あれから丸一日探し回っているがなかなかノアを見つけられないのだ。


「え…、あれってもしかして」

「あぁ…、あの優闇の…」


 チッ、面倒事になる前に移動するか。

 しかし、有名となるとこんな面倒臭い生活になるとは…。

 S階級冒険者となると、街も普通に歩けなくなるんだろうな…。


「ありがとう、美味しかった」


 俺はご飯屋を出ながら、再びノアを探し始める為に歩き出す。


「やはり、ギルドにいた方が1番見つけやすいか?」


 しかし、ギルドに行くと周りがざわついてうるさいからな。


 …そうだ、変装をしていこうか。

 変装をすれば、バレずに堂々とギルドに居座れる。


 そう考えながら街を歩いていると、目の端に何か異様な物が入る。


 …あれは、カツラか。



 ――よし、カツラとフード付きの外套で女装をしよう。


 男が女になるだけでバレずらくなるはずだ。


「カツラくれー」


 取り敢えずはカツラ決めからだな。


 ―――


 さて、俺たちはアルトルの絶品料理を食べた後、再び依頼をこなす為にギルドに来ていた。

 今回はフルティエも一緒に同行だ。

 フルティエが何処までやれるのかを把握しておきたい。


「ノア様、冒険者登録してきました」


 先程冒険者登録をしてきたフルティエの冒険者カードを確認させてもらう。


 ・フルティエ

 ・122歳

 ・F階級


 うん、エルフとしては恐らく普通なんだろうな


「ほい。早速だが依頼を受けに行くとするか」


「分かりました。では、これなんてどうでしょうか?」


 フルティエが持ってきたのはA階級の依頼で、ファイトマンドラという魔物の討伐だった。


「…絶対勝てないだろこれ」


「え?そうですかね」


 冗談ではなくてガチで言っているようだ。


 …この依頼書の備考欄に死んでも責任は負いませんって書いてあるし、絶対ヤバい魔物だ。

 俺たちがまだ戦っていい相手ではない。


「これいこう、このホッグドッグってやつ。豚と犬が混じったような魔物で可愛いだろ。な、チェリア」


「可愛いです!」


「…私はそんなF階級の魔物相手だと満足出来ないのですが…」


 なるほど、な。

 確かにセリアを返り討ちにする実力もあるが、魔物相手だとどうだろうな。


「ま、そんな急がなくていいよ。取り敢えず地道にこういうことを積み上げて昇級していこう」


「なるほど、分かりました」


 うん、魔物との戦いも経験値が必要だ。

 そこから来る憶測で命が助かる場合もある。

 どんな低い階級の依頼も決して無駄にはならないだろう。


「では、私が受付と…」


「よう、エルフのねぇちゃん。こんなチビと依頼なんて行かずに俺たちと行こうぜ」


 突然現れたのは相当鍛えているであろう筋肉の装甲が丸見えなほぼ裸のような服を着た大男だった。

 その大男はフルティエの腕を掴んで話そうとしない。


「フルティエ落ち着け」


「ええ、落ち着いているつもりです」


 あー、完全に目が血走っている。


 恐らく俺への侮辱と腕での接触でそうとう頭に血が上っているな。


 俺もたまに頭に血が上って、周りから冷静になれとか言われることが多いから、常に冷静でいたいものだが…。

 この感情は被害者じゃないと分からないものだよな。


「ギルドでの喧嘩はあまり宜しくないぜ…、ですね。今すぐやめろ…、やめなさい」


 今度はフードを深く被った女っぽい人が話に入り込んできた。

 言葉遣いが拙いが、異国の人だろうか?


「あぁん?…なんだてめぇ。殺されたいのか?」


 フルティエと大男と謎の女の三つ巴の喧嘩寸前の雰囲気を察したのか、周りはゴクリと生唾を飲み、その行方を観戦し始める。


「まずはてめぇから殴り殺してやるよッ!」


 まず最初に動きだしたのは大男であった。


 その男はフードを深く被った女を真っ先に狙いを定め、力いっぱいに振り絞った拳を振り抜く。

 だが、謎の女はそれをいとも容易く交わして、男の腹部に姿勢を低くして接近。

 軽い一撃をお見舞したと思ったら、男は腹を押さえ倒れ込む。


 あの謎の女、相当なやり手だな。


 相手の行動を冷静に判断していて、あの弱々しいと思ったら強かった拳もからくりは分からないけど、やばいことは確かだ。


 フードを深く被った女はいきなり俺の方に向かって走ってきて、俺を抱えあげるとギルドの外へ向かう。


「え?なにこれ」


「ちょっ!ノア様!!」

「ノア様が…!」


 事態が急に進展しすぎて俺の脳が混乱している時に、フードを深く被った女はフードを外して叫んだ。


「行こうぜ!ノア!」


「お前は…!」


 こいつ、最初からギルドにいたのかよ。

 なら、あのすごい身のこなしにも説明がつくな。


「フルティエ!ホッグドッグの依頼を受けて追いついてきてくれ!チェリアもちゃんと連れてこいよ!」


 俺はダーグに抱えられながら、王国をあとにしたのだった。









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