第81話 天災、悪に染りて その漆
その振り下ろされた剣がエマに当たる直前、ある男が立ち上がった。
「…コロス」
「ッ!?なんだ!?」
突然、人間とは思えないような邪悪に満ちた殺気が洞窟内を支配する。
「…コロ、す…、っがぁっ!」
殺気の正体はなにかに苦しむように、胸を抑える。
「オー…ウェン…?」
エマはオーウェンの何かしらの異常事態を目の当たりにする。その殺気はまるであの時の魔人のような…。
「なんだその気配は!何をしたんだ!」
「ぐがっぁ…!コロ…ス」
オーウェンから漆黒のオーラが漂い始める。
そのオーウェンだった者は肌が黒く変色して、骨格が人間のものではなくなり、手足からは長い爪がむけ出しになっている。
取り出した剣に闇を纏わせて、オーウェンだった者はただ静かに歩みを進める。
「………」
「くっ!なんなんだよお前はッ!」
――瞬間、闇を纏った剣は目にも止まらぬ早さで斬り抜ける。
「はぁ…?」
男は肩から深く抉られるように斬られ、血飛沫が飛び散り、倒れる。
「ぐっ、がぁっ!」
オーウェンだった者は胸を抑え苦しむよう倒れる。
その倒れた姿は魔人のような容姿ではなく、人間のオーウェンに戻っていた。
「………」
その光景を見ていたエマは緊張の糸が切れて気を失い、意識は深い海の底に沈んでいった。
―――
「ジェンドマザー、会話は出来るか?お前は穏やかな性格だと聞いたが」
その白銀の獣、フェルは風を纏いながらジェンドマザーに話しかける。
しかし、ジェンドマザーからは返事はなく、ただ邪魔者を排除しようとその巨大な触手を振り下ろした。
「ふむ、あの男の言う通り支配されているのか。意思が感じられない」
フェルはその触手の叩きは難なく避けて、思考を続ける。
しかし、このジェンドマザーはノーフェイスやタイタアルと同格の八源厄災の一体じゃ。それがこうも簡単にただの人間に操られるものなのか?
思考をいくらしようが答えを見いだせないと悟ったフェルは取り敢えず、ジェンドマザーを叩きのめすことに決める。
「我も意外とこの王国が気に入ってるじゃ。操られているところ悪いが倒れてくれ」
未だにその巨大な触手のみで攻撃するジェンドマザー。
その叩きによる風圧が王国内に被害が及ぶ。
「チッ、
フェルの手のひらから生まれた嵐は急激に勢いをましてジェンドマザーに向かって進む。
やがて巨大な台風のようになったその嵐は悉くを破壊せんと巻き込んでいく。
だが、ジェンドマザーに突撃した嵐はその力を急激に衰えさせ、やがて消滅した。
「ほう?我の嵐を止めるか」
ジェンドマザーはその時初めて、目の前にいる小さい獣が天敵だと知る。その天敵を排除しようとジェンドマザーは力を貯める。
「おいおい…、まずいのじゃ…!」
『
その青いスライムから生み出されたのは、大海。海の化身たるジェンドマザーは海を呼び出して、目の前にいる白銀の獣と王国をまとめて消し去ろうと企んだ。
「くそ、全部は引き止められない…!」
その時、フェルの隣で魔法を唱える者がいた。
「
ノアが魔法を唱えると、王国を守るようにして出現した大結界が巨大な質量の水を抑え切る。
だが、ノアの結界ピキピキと嫌な音がし始める。
「フェル!!」
フェルはその叫びを一瞬で理解して、大結界の補強を始めた。
「空間収納ッ!」
その小さな空間収納の入口に水が吸われれていく。やがて、全ての水を飲み干した空間収納は入口を閉じた。
「な、何たる大容量…。海を飲み干した…」
「おう、やれば出来たな。だがもう流石に2発目はこんなこと出来ない」
ノアは剣を取り出すと構える。
再びジェンドマザーは力を貯め始めた。
―――
「はっ…、ふぅ、生きて、るのか」
オスカーはギリギリのところで命を繋いでいた。
だが、血は流れすぎて出血死は目の前に迫ってきていた。
「取り敢えず、傷口を…」
オスカーはポーションを空間収納から取り出すが、手に着いた血によって滑り、ポーションが地面に衝突して割れてしまう。
「なっ、まじか…。はぁ…はぁ、今ので最後だったのに…」
オスカーは今度こそ死を覚悟した。
だが、その覚悟は血の止血と共に崩れ去った。
「死なせない」
声のした方へ振り向くと、青髪のさっきの女が俺に回復魔法をかけていた。
何故?敵である俺に?
疑問は尽きないが、血は止まったことに感謝するべく口を開く。
「ありが、とう…。死ぬところだった」
「いえ、貴方も生きる環境によってこんなふうになってしまっただけだから。死ぬのはダメだと思った」
「貴方も?」
「えぇ、私も両親を2人とも奴隷にされた。平和が突然理不尽な悪意によって破壊される怖さは私も知っている」
…俺の中で何が動いた気がした。
「だ、だからって何が分かるんだよ。俺は…俺は」
「大丈夫。私がいるから」
――お母さんは貴方の味方よ。大丈夫、私がいるから。
奇しくもその言葉はオスカーの母がいつも言っていた言葉とリンクした。
この気持ちは、この世界に来てから久しく忘れていた気がする。
「…そう、その言葉をこの世界に来てから求めていたのかもしれない。あぁ、戻りてぇな…」
オスカーは立ち上がる。
フラフラと血が足りないせいかよろけて倒れそうな素振りを見せる。
「まだ立ったらいけない」
「いや、大丈夫。俺はもうすぐ死ぬらしいから、最後にあの幽霊の子に謝りたい…」
「死ぬって…、もしかして血が足りない?」
「あぁ、元々出血死寸前だったんだ。傷口が塞がれたって血が足りずに死ぬ」
「…待ってて、マーティナちゃんを探してくる」
エマがそう言って立ち上がる。
だが先の出来事でで精神的疲労が溜まったのか、エマも今から探しに行ける状態ではなかった。
「そうか…、ならここで俺は終わりか」
オスカーは壁にもたれかかって座り込む。その顔色は青く染まりあがり、まるで死体のように冷たい。
「…謝りたいって、何?」
だが、オスカーの命の灯火が消える寸前に、マーティナが姿を現した。
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