第80話 天災、悪に染りて その陸

 エマ・ノートリアは母と父が奴隷堕ちしている。


 その原因はある日のエマ・ノートリアの行動だった。

 その日、エマ・ノートリアは街を歩いていたら銀貨が落ちていたから拾って持ち主を探そうとした。

 親の教えが良いためか、エマ・ノートリアはその銀貨を盗まなかった。


 だが、その行為が平和な生活を破壊したのだ。


 銀貨の持ち主を探している最中、貴族とぶつかってしまった。

 名前は分からないが、幼いエマ・ノートリアは服装でそう判断した。


 そして、エマ・ノートリアはその貴族が銀貨を落としたのではないかと思い、話しかけたのだ。


 だが、結果はエマ・ノートリアは銀貨を盗んだとして捕まった。

 当然その銀貨は貴族のものではなかったが、その貴族は機嫌が悪かったという理由でエマ・ノートリアを捕まえたのだ。


 そして、エマ・ノートリアの一家であるノートリア家にその貴族は赴き、賠償金の支払いを命じた。

 当時、準男爵であったノートリア家は提示された莫大な金額を支払う金も無く、母と父が自ら奴隷となってその賠償金を支払った。


 エマ・ノートリアはそのあと親戚の家に匿われ、それっきり両親とは会っていなかった。


 ―――


「あ、あれ…。何してたんだっけ…」


 昔のことを思い出していたエマは何故か倒れていた自分に疑問を覚えて、瞼を開ける。


 そこにはレオとオーウェン、エミリートが男と戦っており、3人で立ち向かっているのにも関わらず押されていた。

 近くにはカルトが倒れていた。その体は傷だらけだったのでエマは回復魔法を行使する。


「チッ!しつけぇな!」


 その瞬間、体勢が崩れたオーウェンを切り伏せ、均衡が崩れて順番に切られていく。


「はぁー、無駄な体力を使っちまった」


 今度はエマの方に歩いていくその男。持っている剣には血が付着して紅色の輝きが洞窟の中で光る。


「…知られたからには放置はしておけない。悪いが死んでくれ」


 薄暗い洞窟で尚輝く刀身はエマに狙いをつけて、振り下ろされた。


 ―――


「不味いぞ、もう数分も経たずに王国に着いてしまう」


 フェルがそう口にして焦りを露わにする。

 ジェンドマザーまでの距離は未だに遠く、王国に着く前に攻撃を仕掛けられるとは到底思えないくらいの距離はある。


「フェンリルになって先に行ってくれ」


「…見られるかもしれんぞ?」


「あぁ、だが王国にはシエルやノルザさんがいる。その人たちを守るために戦ってくれ」


「了解じゃ。ノアも早く追いつけ」


 フェルは空中で白銀の獣に姿を変える。その瞬間、疾風のようにジェンドマザーに突進していくフェルの姿が見えた。


「足止め頼むぞ、フェル」


 ―――


「な、なんなのよ…。あのスライム…」


 ギルドからB階級の依頼を受けて、王国の外に出ていたシエルは、王国に進行している巨大なスライムを見つけた。

 あの大きさは規格外でS階級冒険者でさえ手こずりそうなレベルの魔物だ。


「…王国にはノアが…。力になれるか分からないけど」


 シエルは魔法使いだから体力は多くない方だが、王国に向かって走ることにした。

 ノアなら大丈夫だろう、と信じているが体が動いたのだ。

 万が一死んでしまったら…、そんなことが頭に浮かん出しまった自分に叱責し、足を動かし続ける。


「急がないとっ!」


 ジェンドマザーが王国に到達するまで、残り3分。


 ―――


「不味い…、今回も対応が遅れたらこの学校の信頼にも関わる…。いや、それ以前にあんなのが来たら王国が滅ぶ」


 ノルザは前回の魔人襲来時に何も対応策がなかったことを悔やんでいた。

 そして、今回の巨大なスライムの襲来。

 こんな短期間での王国の危機にいち学校長が何か出来る訳でもないが、何かやらないとダメだ。


「取り敢えず、避難…。避難先は…あぁ、国王はどうすると言ってるのか…」


 くそ、何もかも時間が足りない。

 取り敢えずは王国を離れないといけない。


 ノルザは窓から外に出て、拡声魔法を行使して、全生徒と全教師に避難を呼びかけた。


 ジェンドマザーが王国に到達するまで、残り2分。


 ―――


「戦えそうな冒険者を出来るだけかき集めてこい!B階級以下の冒険者は住人の避難誘導をするように伝えろ!」


 闇纏のゴルバルドは普段の倍以上騒々しいギルドで、冒険者を集めていた。

 それは、あの巨大なスライムに立ち向かうための戦力をかき集めているからだ。


「…あんなのどうするってんだよ…。もう終わりだ…」


 ギルド内で座り込んでしまうギルド職員。

 だが、ゴルバルドはその職人に厳しく声をかける。


「おい!お前がやらねぇとお前の家族や友達、関わりある人たちみんなあの怪物によって殺されてしまうかもしれないんだぞ…!お前は…、自分が死ぬか家族や友達が死ぬ、どっちが怖いんだ?」


 その一声で、座り込んでしまった職員、そしてギルドで最後まで戦うことを選んだ冒険者に活気を与えた。


「すみません…!冒険者を集めてきます!」


「よし、行ってこい。自分の国くらい自分たちで守らないとな」


 あの怠惰で不潔だったゴルバルドの面影はもう既になく、冒険者が尊敬するようなギルドマスターになったゴルバルド。

 そして、その光景を見るアイザは口には出さなかったが、心の中で感心した。


(本当はこんなにかっこいいのに、なんであんなのになっていたんだろう。あの銀髪の少女に殴られたことが相当応えたのかな?)


 アイザはそんなことを考えながらも冒険者に指示を出す。


 ジェンドマザーが王国に到達するまで、残り1分。


 ―――


「騎士団は何をやっておる!」


 ライリー・ジーグボルトは焦ったように言葉を声に出す。


「今第1騎士団が巨大なスライムの撃退に向かいました。出現が確認されてからまだ10分ほどです。これ程で出撃出来るなぞ、この国は優秀です」


 大臣が隣でそう言って褒めるのを顔を顰めながら聞いているライリー・ジーグボルト。


「そんなこと言っておる場合か」


 逃げ出す兵士がいる中、ライリー・ジーグボルトは王城から1歩も動かない、と決心していた。

 何か対策がある訳でもないし、自分が何か出来る訳でもない。

 だが、ライリー・ジーグボルトは民が逃げる前に自分が逃げるのを良しとしない人間であった。


「我が国の騎士団と冒険者であの巨大な魔物を止められるかどう…」


 その瞬間、ドゴンッ!と鈍い音が王国中に木霊した。その音と共に巨大なスライムは後ろに後退する。


「なっ!?なんだ!何が起こった!」


 ライリー・ジークボルトが目を凝らして巨大なスライムの方に目線をを送る。


 そこにいたのは巨大なスライムを目の前にして空中に立つ白銀の獣。

 その白は青よりも何倍も小さいが、負けずとも劣らない緑の風の輝きを纏っていた。









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