第75話 天災、悪に染りて その壱

「助けて欲しいの。お願い」


 空中に浮かぶ女の子がそう必死な顔で訴えかけてくる。

 女の子は5〜6歳くらいの容姿をしていて、足より下が徐々に薄くなって、足先の方は完全に透過している。


「…君は何者?どうしてそんな体に…?」


「私はこの街で生まれたマーティナだよ。私がある日、海で夢中で泳いでたら、岩肌が露出した崖の方まで来ちゃって、そこに穴を見つけたの。そこに入ったら、男の人に殺された」


 …殺された?つまりこの子は本当に幽霊って言うことか。

 しかし、いきなり過ぎて脳が処理しきれない。


 岩肌が露出した崖に穴があって、そこに入ったら殺された。

 …ということは、そこに殺人鬼が住み着いてるってことか?


「殺されたって…、貴方はここにいるじゃないですか」


「それは、私のスキルが関係あるの。私のスキルは「死引鉄幽しいんてつゆう」、死ぬことがトリガーになって、発動するパッシブスキルだよ。それによって私は幽霊体として復活出来たみたいなの」


 そんなスキルもあるのか。

 そのスキルによってこのマーティナという子は特別にこうして生き返った…?というわけか。


「それで、俺たちにそのマーティナを殺した人物に復讐してきて欲しいって訳か?」


「違うの。その男はとんでもないものを引き連れていた」


「とんでもないもの?」


「うん、それは海の権化と言っても過言じゃない海の化身、神の力の一端。名前は分からないけど、その海の化身がこの街を滅ぼそうとしてる」


 俺はそれを聞いて、唖然としてしまった。


 海の権化、海の化身…、神の力の一端…。


 ――アイタアルやノーフェイスと同格の力を有するもの…か。


「お願い、助けて欲しい。私は死んでも構わなかった。けどこの街や人が無くなるのは悲しい。私の命よりももっと悲しいの」


 …女の子にこんな悲しいこと言わせて、断れるわけないよな。


「…分かった。取り敢えず今日は休憩だ。明日はその男を捜索するか」


 マーティナは顔に花が咲いたような可愛い笑顔でこちらを向いて喜ぶのだった。


 ―――


「…と言うことが昨日あった。それでこちらがマーティナだ」


「よろしくお願いします」


 俺は昨日の出来事を使用人含めて、みんなに話すことにした。

 殺人鬼の男と海の化身との戦いになると思うから、なるべくみんなには参加して欲しくはないけど、俺とフェルが海に残るって言っても違和感を持たれて結局はバレると思うからみんなに言うことにしたのだ。


「海の化身…か」


「ノーフェイスと同じように知り合いか?」


「知り合いではないが知っている。


 …彼奴の名前は「」。海の化身と恐れられる者じゃ」


 起源のジェンドマザー。

 つまりは全ての始まりの母という訳か。


「我が知ってるのは名前だけじゃ。スキルや力は何を持っているのかわからん」


「…文献とかではたまに出てくる。だが、その文献によれば性格は穏やかだと言うが…、本当に王国に攻め入るのだろうか」


 そう話すのはオーウェンだ。


 うむ、文献を信じていいのかどうか…。

 しかし、そんな穏やかと言われているジェンドマザーを連れて王国に攻め入るなんて考えてる殺人鬼の方が気になってくるな。

 王国に攻め入るとしても、ジェンドマザーに動機を与えなければならないだろう。

 それをその殺人鬼は出来るのだろうか。


「………」


 情報はこれだけのようだな。ジェンドマザーの別名が海の化身ということを考えると水系統魔法関係の力を使う可能性が高いな。

 それと、文献によれば性格は穏やかなため、話し合いもできる可能性がある。


 …情報量がかなり少ないが、仕方ない。

 取り敢えず、その殺人鬼がいるという岩肌が露出した崖の穴に行ってみるか。


 ―――


「オスカー様、ご報告があります」


 金髪の女、セリアがオスカーの前に瞬間的に現れて跪く。

 その動きには一切の乱れがなくその動作はとても美しく映る。


「例の同郷らしきもののことか。何かわかったか?」


「はい、何故かそのものらはこの穴の場所に向かうようです」


 その言葉を聞いて、オスカーは顔を顰める。


 最悪、この場所に入ってきたら殺さなければいけないが、同郷の者だ。


 オスカーには久しぶりの同郷の者との再会でそのもの達を少し殺したくないと思っていたのだ。


「そうか…。何故ここに来る?」


「それが、起源のジェンドマザーのことを何故か察していたようです」


「…なんだと?」


 誰に向けた訳でもないその歪な殺気は穴の中の空間を支配する。

 だが、セリアはその殺気にも動じずに跪いたままだ。


「すまない。なぜ勘づかれている?」


「分かりませんが、会話を聞く限り「幽霊」という謎の人物から証言を得たようです。その幽霊という名の人間は宙に浮いていて、恐らくですが、人間ではなさそうでした」


「…幽霊というのは死後、未練によってこの世から離れられない者のことをいう。奴らは人間であって人間ではない」


「そんな種族がいたとは…。私の浅慮で余計なご説明に時間を取らせたしまいました。すみません」


「いや、いい。それよりその者たちだ。その者たちを速やかに殺してこい。まだその時では無い」


 オスカーはそう命令するワインを手にして飲み始める。

 だが、それを中断させるようにセリアが言葉を続ける。


「それが…、ジェンドマザーと同格であろう者が人間に化けていました」


 オスカーの顔は更に険しい顔になり、セリアに言葉を返す暇もなく思考の海に沈んでいくのだった。








 ―――――――――

 幽霊のマーティナのスキル、「死引鉄幽」は死をトリガー(引鉄)として幽霊になるという事象の漢字をただくっ付けただけのスキル名です。

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