第68話 恐怖と命の脈動

「はぁ、奴隷差別は一生この世に奴隷がいる限り無くならないのかな」


 執務室にて、奴隷関連の書類が流れてくる度に、ため息をつくようになってしまった。

 この第2騎士団が設立されてからはや10年程がたった。

 私はその時は騎士団長ではなかったが、いまや騎士団長だ。


 だが、私はその騎士団長になってから何も出来ていなかった。

 出来ることと言えば、街の警備をして、奴隷差別をしている人を見かけたら注意する程度。

 もっと根本を叩きたいが、何処から奴隷が来ているのかが分からない。

 この王国では奴隷は違法では無いために、奴隷商人に問い詰めて奴隷の集め先を聞き出したくても聞き出せない。


 だから、私たち第2騎士団はこの数年、私が騎士団長になってから何も出来ていなかった。


「失礼します。入ってもよろしいですか」


 執務室のドアがノックされて、声が聞こえてくる。


「えぇ、大丈夫」


 入ってきたのは、私の友人であるルーフリーだ。

 この子は奴隷になっていた経験があり、この奴隷差別を無くすための運動をしている第2騎士団に率先して入団してきたのだ。


「路地裏で、地面を潜る2人組がいたので報告します。なにやら、怪しかったのでまずは騎士団長にと」


 路地裏で…、地面を潜る…?

 冗談かと思ったが、彼女の性格上こういう場面でふざけたことは1度もなかった。

 つまり、この訳の分からない報告は事実だということだろう。

 地面に潜る怪しい2人…か。


 騎士団の仕事のひとつは街の警備だ。

 取り敢えず向かおうか。


「ルーフリー、案内してくれ」


「了解です。シドニス騎士団長」


 ―――


「そんな顔で見ないでくれよ。怖いじゃないか」


「ふはっ!お主の方が余程怖い生態をしておるではないか」


 未だにそこが見えないあの黒ずくめの男はフェルを目の前にして、億さずに構えている。

 黒ずくめの男が持っているのは、刀身が長く、そして、反っていて片刃しかない剣…。


 ――そう、その男は刀を持っていたのだ。


「おや!?君はもしかしてタケルと同郷のものか!おぉ、なら君も私の組織に入りたまえ!」


 黒ずくめが俺の顔の変化を察知したのか、急に息巻いて早口で話し始める。


「そうしたらこの世界でも安泰だ!金持ちだぞ!君の故郷は争いがない平和な世界だったんだろう!なら…」


「だまれ」


 黒ずくめの男が喋ってる途中にも関わらず、フェルの静かな声は地下空間に響き渡る。

 声に怒気が混ざり、殺気が迸り始める。


「ほほ、怖い怖い」


「ぬかせ」


 張り詰めた空気が地下空間を支配する。一触即発の雰囲気で、どちらかが動けば、殺試合ころしあいが終わる。そうと思えるほどに、2人は集中していた。


疾風迅雷クイック・レイド


「桜華火流奥義」


 フェルは剣を構え、黒ずくめの男は刀を帯刀して構える。

 その空間に張り詰めるのは呼吸さえ忘れるほどに研ぎ澄まされた殺気。


 黒ずくめの男が、鍔に手を掛けた。


星刻一閃印スターク・スクード


「紫桜一文字」


 ――刹那の斬り合い、神速の抜刀により血飛沫が花火の様に上がる。


「見事…だっ!」


 黒ずくめの男が、うつ伏せで倒れた。


 ―――


 きっと心のどこかで、俺が1番だという驕りがあった。

 何にも負けない、最強だと。

 だが、その驕りは取り返しのつかない後悔として俺に襲いかかる。


 子供、しかも少女に抜刀で負けたのだ。

 しかも、俺は流派の中で最速の抜刀である「紫桜一文字」を放ったのにも関わらず、その少女は俺の体に五芒星を斬りなぞり、切り抜けたのだ。

 はっきりいってまさに怪物だった。


 ――あの速さは人間ではない。


 そう直感で悟った。


 死ぬ寸前、俺は心のどこかで恐怖が待ち遠しかったのかもしれないと感じる。

 何にも勝てる、何にも勝る、何にも負けない。

 それのどんなに苦しいことだったか。


 人生最後、最高のスリルを味合わせてくれて…。


 ―――


「あり…が、とう」


 黒ずくめの男は倒れながらも、感謝を言葉にした。

 その数瞬後、命の脈動が終わった。


「………」


 沈黙が続く、フェルは立って俯いたまま動かなくなっている。

 アウレナと茶髪の男は未だに唖然としている。


「…フェル?」


「ん?どうしたんじゃ」


 一瞬、ショートカットの髪の間から見えたフェルの顔は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。

 だが、次見た時は普通の顔に戻っていた。


「この男は、禁呪によって2人の人間が合体した姿だったようだ」


 フェルが徐に黒ずくめの男に近づいて、顔を隠していた黒い布を取り払う。


 そこにあったのは、不自然に合体したような左右が別人の顔の男であった。


「な、んだよこれ」


 思わず後ずさりして、目からそらす。


 この男の過去は一体どんなものだったのか…。

 最後の言葉であるありがとうと関係するのだろうか。


「まさか、ボスがこんな奴だったとは…」


 茶髪の男は倒れている黒ずくめの男を見て、険しい表情をする。


「帰るか、フェル」


「あぁ、アルトルもいるしな」


 本来の目的はアルトルだったな。危うく忘れるところだった。


 俺はアルトルを檻から解放して、豪邸に帰ることにする。帰ったら、まずはアルトル救出おめでとうお菓子パーティだな。


「おい、お前ら!そこで何をやっているんだ!」


 全てが終わり、帰ろうとしていたところに騎士の格好をした2人組が階段から降りて来ている最中だった。











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