第63話 蠢く牙

「マジで言ってる?」


「はい、申し訳ございません」


 ノア、と名乗った年齢にして15〜16歳のくらいの黒髪の青年は話によると、金貨50枚はくだらない最新型の冷蔵庫を悩むことなく購入。

 そして、空間収納にあの大きい冷蔵庫を収納してここを手ぶらで出ていったという。


 しかも、うちの店員がまさかの失礼な態度で接してしまって、怒らせてしまったようだ。


 最悪の事態である。


 しかも余計な事にその店員は聞き方によっては奴隷差別と聞こえなくもない言葉を発したのだ。

 もし、万が一その貴族が奴隷差別をよく思わない貴族だったら更に事態は悪化する。


 まずいなぁ…、だが打つ手がない。

 その青年の情報量が圧倒的に少なくて探すにも探せない。

 大貴族を探るとなると難易度は更に上がるし、探りが見つかった時の仕打ちが怖い。


 あの青年がもう一度この店に訪れた時に最大限のおもてなしをして、機嫌を直してもらうしかないか…。


 ただでさえ貴族の対応で胃が痛いのに…。


 ―――


『おい、聞こえるか?アルトル』


『………』


 チッ、反応が無くなった。

 気絶させられたか魔力通信の首飾りエクスペル・ネックレスを外されたか…。どちらにせよまずい状況だ。


 アルトルを探せない状況になった。


「くそ、どうする」


 闇雲に探しても奴らは見つからないだろう。

 目撃証言によって探すのも現実的じゃないし、奴らがもう既にこの王国から出た可能性すらある。


「しかしだ。俺はあいつが気に入っている」


 そうだ、その通りだ。

 俺はあいつが気に入ってる。

 何としても取り返さないと気が済まない。


「俺を舐めるなよ」


 俺は急いで寮に戻る。

 アルトルを取り返すために。


 ―――


「やはり、異常な気配を纏っているとは言え、判断力は子供だな。俺が1人だと勘違いしてくれて助かった。ありゃ、俺が本気を出さないと勝てそうになかった」


 王国の地下、俺たちの隠れ家にてあの青年のことについて考える。

 俺の気配に気づいたのは流石に驚いたし、あのただの肉串で俺の不意打ちの一撃を防いだのは更に驚いた。

 あそこで、倒すより奴隷を攫う方針に切り替えてよかったな。


「こいつ、殺しますか?」


 …殺して記憶を奪って、あの青年の情報を得るのも手だが、あの青年を殺す為の手段に使った方が有効そうだ。


「いや、いい。あの青年の探りを入れろ。絶対にバレるな。俺でさえバレたんだからな」


 取り敢えずこの奴隷は後だ。

 檻に入れて置いて、適当にそこら辺の奴に世話をさせようか。


「うふ。どうかしたの?そんなに険しい顔をしちゃって」


 声のする方へ目を向ける。

 闇から出てきたのは190センチメートルはあろうかという体躯の筋骨隆々の女装をしている男。


 チッ、オカマ野郎か。


「いや、なんでもない。ただ、少々面白い青年がいただけだ」


「ほう?死奪のアルガちゃんがそう言うなら私も気になっちゃうわねぇ」


「ほざけ、俺より強いだろ。あんた」


 オカマ野郎はニヤケ顔を更に歪ませる。

 俺はこいつのこういうところが嫌いなんだ。

 鳥肌が立つ。正直キモイ。


「うっふ。それはそうと今日は幹部会よ?忘れないでね?」


 そういえば今日だったな。


 俺は立ち上がると更に地下に下っていく。


 ―――


 王国の地下深く、そこに6人の人間が机を囲うように座っている。

 一般人なら卒倒してしまうような雰囲気をそれぞれがそれぞれに放っている。


「ボス、今日はどうしたんだ?」


 6人のうちの1人である黒髪の男が、全身を黒で包まれたボスと呼んだ人物に話しかける。


「魔人の襲来を止めた人物がこの王国にいる。そいつを我々の組織、の一員に加える」


 ボスを除いた5人がザワつき始める。ここ5年近く変わらなかったメンバーが今変わろうとしているのだ。

 ボスの言葉は、薬毒牙のメンバーは規則により6人までと決まっているため、必然的にここの中で1人がメンバーから外されるということを意味した。


「それは、酷くないですかボス。私たちの誰かを無条件に外す、ということですよね」


「はっ!俺たちの中じゃお前がいちばん弱ぇもんな。外されるか心配か?」


「…ふふ、死にたいようですね」


「あぁ、やるか。これで1人メンバーが減るなぁ?」


 黒髪の男と長い赤髪の女が言い合いを始める。

 一触即発の雰囲気を発している2人を他の3人はまたか、と呆れた様子で見据える。


「落ち着け」


 ――瞬間、鋭い殺気を放ったボスと呼ばれた人物は喧嘩をする2人を睨む。


 黒髪の男と赤髪の女は肌が粟立つような感覚を覚え、背筋が凍る。


「…すみません、取り乱しました」


「すまない、ボス。気をつける」


「良い、説明不足だった」


 殺気を解いたボスと呼ばれた人物は、自分の非を詫びて、話し始める。


「もし、その魔人を退かせた人物を殺したものには褒美を与え、その地位は何があっても揺るがないものとしよう」


「おぉ!競走か!俺が一番乗りだ!」


「あ、ズルいわ。ちゃん!私も行くわ!」


 黒髪の男は早速立ち上がり、出ていく。

 それに続いて女装した男もあとを追いかけるように続く。


「お前らも行くのだ。タケルの言う通り競走だ」


 取り残された3人は、重い腰を上げてやる気が無さそうに出ていく。


「その人物がいれば薬毒牙は安泰だ。じわじわとこの国を乗っ取ってやろうぞ」


 ボスと呼ばれた人物は不敵な笑みを浮かべた。

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