第59話 フルティエの過去

 ある日奴隷になった。


 その日は森で覚えたての狩りをしていて、その途中人間に出くわした。

 その人間は森に迷い込んだと言うので、私はその人間を森の外まで連れて行ってあげることにした。


 だが、突然のその男に襲われて、気づいたら人間に囲まれていて、そのまま拉致された。


 気づくと私は、檻に入れられ、手足を縛られた状態で、目の前には犬や猫にあげるような餌が皿に乗っていた。


 私はこの状況が理解出来なかったが、幼いながらにもう親や友達に会うことは出来ないだろう、そう察した。


 そして、私は何回も違う人間に買われては捨てられを繰り返して、とうとう奴隷市場に売られることになった。

 基本的には高い奴隷は競売にかけられてとんでもない値段がするが、私はもうその価値も無くなったらしく、普通の人間の奴隷が売られているところに一緒に売られることになる。


 だが、私は傷物だが、エルフだ。

 エルフというのは高い価値で取引をされるため、こういう奴隷市場では残りやすい。

 案の定私は残っていた。


 しかし、目の前に華麗な女の子が歩いてきて、私を観察するように見始めた。

 貴族の女の子、か?左腕は損失しているが、そんなことは気に出来ないほどに綺麗な容姿をしていて、豪華な服に身を包んでいて美しい。

 だが、貴族というのは腐っていて奴隷を道具のように扱うのだ。

 こんな綺麗な容姿のこの人間も恐らくそうやって奴隷を使い潰すのだろう。


 しかしながら、私はそんな運命にすら抗う力を残してはいない。

 逃げるという行動すらこの隷属魔法の前では無意味と化すだから。


「このエルフ、くれ」


「おう、嬢ちゃん。貴族の娘か?このエルフは結構高いぞ〜?」


「チッ、早くしろ」


「はぁ?あんまり舐めてると…ヒィ」


 突如、その女の子からとてつもない殺気が放たれた。

 向けられた訳では無い私はでさえ鳥肌が立つような、鋭利なナイフを心臓に向けられているような、空気が2度3度下がったかのような、なんとも恐ろしいそんな殺気だった。


 商人の男は、ビビっていた。

 その様子を見て少しスッキリする。

 この男、私に散々悪口を吐いてきたのだから。


「ほ、ほら。隷属魔法はかけたぞ。は、早く帰ってくれ」


「ほら、行くのじゃ」


 女の子はもう興味が無いと行った感じで男の方を一切振り返らずにそこを後にする。

 私は女の子に手を握られて、奴隷市場を巡った。

 女の子は、人間の男の奴隷を更に買って男の子と合流した。

 男の子の方は獣人の女の子を連れていて、獣人を買うなんて珍しいと思った。


 獣人は他の奴隷に比べて、手入れが大変なのだ。

 体毛が抜けたり、凶暴だったりと大変なのだが、この男の子はそれを知らないのだろうか。


 私と人間の男と獣人の女の子は2人に連れられて、豪邸にやってきた。


 ここが、この人間の家か…。貴族にはいい印象はない。どいつもこいつも道具として私を使う。


「さて、早速で悪いがお前たちの名前を教えてくれ。じゃあ、エルフのお前から」


「名前はありません」


 その言葉を聞いて咄嗟に口から出た言葉。

 人間なんかに、私の名前なんて言うわけないだろう。

 そして、いくつかやり取りをして、私の名前を人間の男の子が決めることになった。


「フルティエだ」


「フルティエ…、分かりました」


 フルティエ…、私は本当の名前があるのに…、と思ったが、私自身が拒絶したのだから仕方ない。


 フルティエ、か。


 人間の男の子…、ノアという人間は1人1人に名前を聞いていって、その後に仕事の内容を話し始める。私は掃除をするだけらしい。


 ふっ、最初はそうだ。こういう人間は1回だけ買われたことがある。

 最初は雑用だったが、途中からずっと性処理の道具として使われてきた経験がある。

 最初は罪悪感などがあったのか分からないが、途中から私を道具として認識した途端、そういう行為が始まった。

 嫌なことを思い出して、やはり人間は腐っていると再認識する。


 人間の男の奴隷は料理の提供、獣人の女の子は私と一緒に掃除をするということが決まった。


「そうそう、給料の話なんだが…」


「「給料!?」」


 私は遂、声を出して叫んでしまった。

 奴隷に給料を渡す?なんの冗談だ?


「ご主人様、奴隷に給料を出すのは正気の沙汰ではないと思うのですが」


 思わず苦言を呈す。今までそんなことをする奴は1人もいなかった。このノアという人間は頭がおかしいのか?


「貰えないより貰えた方がいいだろ。まぁ、流石に一般的に貰える給料よりかは下がるけどな」


「そうか…だが、例えばペットに金を出しているようなものだぜ、それ」


 その通りだ、それぐらい頭のおかしいことをしているのだが、ノアはキョトンとした顔をしてこちらを見つめている。


「いいんだよ、払わないとお前らを道具として扱っているようで気持ち悪い」


 道具として扱っているようで気持ち悪い、か。そんなことを思う人間がこの世にいたなんて…。


 …もう一度、人間を信じてみてもいいの、かな。


 なんて、今まで思ってきたけど何回も裏切られたその言葉を心にしまう。


 まだ、決断をするのは早い。過度な期待は反動が大きい。


 ノアは、私たちを2階に連れていくと、突然とんでもないことを言い出す。


「奥からフルティエ、アルトル、チェリアが使ってくれ。部屋は適当に変えても構わない、自分がリラックス出来る空間を作ってくれ」


「…もしかして、私たち個人の部屋ってことですか?」


「え?そうだけど、不満があるならもっとデカい部屋に…」


 ノアは当たり前だけど、何?みたいな顔でこちらを見てくる。もっとデカい部屋があると言いかけたので私は拒否する。


「い!いえ!いいです、ここで大丈夫です」


 とんでもない人間だ。奴隷に給料を渡して、個室も渡すなんて…。


 …信じることは未だに出来そうにないけど、この人間…、いやこのご主人様に仕えるのはとても楽しそうだ。


 私はそう感じた。







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