第56話 顔の奥に隠れる素

 オレンジ色が街全体を包み込み、やがて夜を見せる。

 そんな時間帯に、俺はワイングラスを持って、海を眺めていた。

 この王国の近くに港町があり、そこの海がギリギリここからでも見えるのだ。


「格好つけているのか?ジュースで」


 呆れたのように話しかけてくるのはフェルだ。

 そんなフェルもデッキチェアを広げて、夕日を見て楽しんでいる。


「ジュースは余計だろ?」


 フェルは俺の言葉を無視して、果実酒の入ったワイングラスを手に取り飲み始める。

 …しかし、この眺めは最高だな。

 近くに海があるのは知っていたが、なかなか見れる機会がなかったからな。

 だが、それも王に褒美として貰った「豪邸」からは何時でも見れるのだがな。


 俺は、王の褒美で「豪邸」を貰った。

 俺はただ大きい家が欲しかっただけだったが、王が気を使ってくれたのか、景色が綺麗なところを貰えた。

 寮があるから、俺はあまりここに来ないだろうけど…。

 まぁ、特に欲しいものがなかったから、折角だしダーグに使ってもらおうと思って貰ったのだ。

 ダーグは今はどこにいるか分かんないし、どこで寝泊まりしているか分からないが、見かけたらこの件を知らせておくか。


「しかし…、この家にお菓子職人を住まわせるなんて王はとんでもないことをするもんだ」


 フェルの「1年分のお菓子」という願いは、俺の豪邸にお菓子職人を1年間住まわせて、何時でも作れるようにして、王はこれを褒美としてフェルに渡したのだ。

 しかも、お菓子職人は俺も正確な人数は分からないけど、数人はいるらしい。

 フェル1人に特別豪華で、贅沢なことをするなぁと思った。

 だが、魔人軍という厄災が王国に降り掛かってきたのにも関わらず、殆どの被害を出さずに収めたのはフェルのおかげでもあるから、これぐらいは当然か。


「我はお菓子を食べてくるぞ!いつでも食べ放題じゃ!」


 フェルはアルコールが入ったのか、少しテンションが高くなって、お菓子職人さん達のところへ向かった。


 俺もなにか作ってもらおうっと。


 ―――


「レオ、私は陞爵しょうしゃくなんぞ望んでいなかったぞ」


 俺は久々に家に帰ると、開口一番に父にそう言われた。


 やはり…か。


 魔人を撃退した程度では、父は喜ばない…、しかも他人の行為で陞爵なんぞ嬉しくは無いのだろう。

 モンド家はいまや子爵の地位である。

 モンド家は父さんが剣一本で男爵まで上り詰めた一代制だ。

 だが、子爵に上がったのだから、この先の子孫まで安泰だと思ったのだが、父は喜んではいなかった。

 父は、それだけを言うと自室へ向かった。


「レオ、魔人を撃退したんだって?凄いな」


 俺に話しかけたのは、兄であるルーク兄さんだった。

 俺の剣のもう一人の師匠でもある。


「あぁ、だけど…」


 俺の声は途切れると視線は父さんの自室に向かう。


「喜んでいなかった」


「あぁ、そう見えるな」


 そう見える?明らかに無愛想な顔をしていたじゃないか?


「俺も最近ようやく知った。あれは父なりの照れ隠しだ。俺はあの人のことを子供の頃から自分の子供には興味無い冷血漢だと思っていた。だけど違かった。俺たちのことを見ていた」


「て、照れ隠し?」


 思わずそう口から零れる言葉。あの怖いと思ってた父が照れ隠し…とは。


「あぁ。お前があの王立魔剣学校に通えているのは誰のおかげだ」


 それは…、父のおかげだ。


「俺たちはあの人のことをあまり見てこなかったからなのかもな」


 そうだな…。確かに、物心つき始めた頃から父のことを冷血漢と決めつけて、あまり喋ってこなかった。


「じゃあ、父に無理やりにでも褒めてもらいに行きますか、子爵殿」


「ルーク兄…、あぁ。それとルーク兄も子爵だろ?」


 俺は、十数年ぶりに父の自室の扉を開けた。


 ―――


 昨日の夜は、折角だし豪邸で寝た。ベットがものすごくデカくて、5、6人程度なら余裕で寝れるほどの大きさをしている。


 こんなに大きいベットいるか…?


 まぁいいや、俺は学校へ行く準備を終わらせると、王立魔剣学校に向かった。




「ノアって豪邸貰ったんでしょ?凄いね!」


 教室に入ると、カルトが目の前にいて、いきなり話しかけられる。カルトは朝からこのテンションなのだ。流石と言える。


「あぁ、相当デカいな。迷子になるくらい」


「へぇ、なら私たちも行っていい?」


 うん?話が急に飛んだぞ?

 まぁ、来てもいいけど…。


「うん、私も行きたい」

「お、ノアの豪邸に行くのか?」

「なら、俺もお邪魔させてもらおう」

「僕も行こうかな」


 おおう…。Sクラスみんな来るのか。


「くそ!先生も行きたい!」


「いや、なんでイザベラ先生が来ようとしてるんですか」


 まぁ、いいや。

 特段困ることはないし、むしろあの家は殆ど人がいないから、色んな人がいた方が賑やかになるだろう。


「じゃあ、今日終わったら来いよー」


 俺は講義に向かう準備をして、教室を出るのだった。








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