第23話 仮構の命、花香の冥 その拾壱

「あら、なんで…。私は死んだはずじゃ…?」


「姉さん!生き返ったんだよ!」


 体の崩壊のことを忘れたのか、それとも今だけは考えたくないのか、ダーグは姉の元に行き、抱きつく。


「そう、なのね。ダーグ」


 そう呟いたノラさんは何かを悟ったように、辺りを見渡す。


「何人の人を…、殺しちゃったの?」


 その言葉に、ダーグは返答をしない。

 だが、ノラさんは悟ったように抱きつくダーグを離し、目を見据える。


「私は、貴方に人を殺して欲しくなかった。そして、私が死んでしまったことで、落ち込まないで欲しかったし、黒い薔薇を渡した自分のことを憎んで欲しくなかった」


 今まで、その風景を見てきたかのように言うノラさんは、自分の死んでしまって言えなかった気持ちを吐露していく。


「なんで、それを…」


「私は貴方のお姉ちゃんよ?分からないはずがないよ」


 崩壊は、ノラさんの体を侵食し、既に腰から下が消えている。

 それでも、ノラさんは落ち着いた様子で、自分が消えることを恐ろしく思ってない様子で。


「私は、ダーグと過ごした時間だけでとても幸せだった。毎日ダーグは幼いのに仕事をして、薔薇を買ってきた時は本当にもう幸せで心がいっぱいだった。その後、死んじゃったけど、あの時の記憶は一生無くなることはないわ」


 ダーグは、泣きながらも頷く。

 ノラの体の崩壊は肩まで侵食を始め、終わりの時間は差し迫る。


「ダーグは、死んじゃダメだよ。罪を償わなければならない。大丈夫よ、私がついてるから」


 そう言うと、ノラさんはダーグと重なるようにして抱きつく。


「姉さん…、わかったよ。俺、償うよ。今後の人生を賭けて!だけど、今はもうちょっとここにいて…」


 話す途中で、ダーグは全身の体が脱力して、重力に逆らう力を失い、座り込む。

 何が起こったのか、失った片手が修復され、抉れた腹が元どうりになっている。


「ダーグは、本当は弱いんです…。だけど、幼い頃、私が大人に悪口を吐かれた時に、ダーグは大人に飛び込んでいきました。…あの子には勇気があります。その勇気がいつしか、あの形にねじ曲がってしまいましたが、またあの子ならそれを元の形に戻せると思います。どうか、その時まであの子を見て上げてください。お願いします」


 ダーグのお姉さんであるノラさんが、俺に話しかける。

 ダーグは本当は良い奴ってことは分かってる。

 だって、あの広場の時、俺がアクアバーストを放つ際にダーグは空に逃げた。

 いくらでも街の人を盾にして立ち回ることが出来たのに、だ。


 まだ、ダーグには人の心が残っている。

 ノラさんの言う通りだ。


「任せてください。ですが、ダーグはもう既に戻っていると思いますよ。元の勇気の形に」


 ノラさんは、微笑むと、ダーグへ近づく。


「頑張ろうね、貴方の心の中にいつも私がいることを忘れちゃダメよ」


 耳元で囁くと、体の崩壊が一気に進む。

 やがて、顔を侵食した崩壊はノラさんを飲み込み、姿を消そうとする。


「ダーグ、愛してるよ」


 そう言うと、ノラさんは完全に消える。

 残ったのは、辺り一帯を漂う薔薇の匂いと、夜明けの太陽に照らされるダーグだった。








―――――――――

これにて1章のリーフグリード編終了です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る