第22話 仮構の命、花香の冥 その拾

「これ、とっても綺麗なお花ね」


 そう呟きながら、花束を持って微笑むのは姉さんだ。


「薔薇っていう花なんだよ。綺麗だから、姉さんに似合うと思ったんだ」


「ふふ、嬉しいわ。ありがとうね、ダーグ」


 両親がいなく、日々の生活がギリギリだった。

 だけど、そんな生活でも、姉さんがいてくれるだけで俺は良かった。


「ダーグは黒が好きだもんね、このお花が1番好きよ」


 それが、姉さんへの最後の贈り物であり、最後の会話だった。

 姉さんは、その後、森へ出かけた時に盗賊に襲われた。

 その盗賊は、最近ここら辺に出没したと噂になっていたのに、姉さんは森へ出かけてしまった。

 そして、森で見つかったのは、裸にされ首を絞められてボロ雑巾のようになった姉さんだった。

 肌は冷たい、目は一点を見つめて動かない。

 つい、1日前まで暖かい笑顔で俺の帰りを待っていた姉さんはそこにはいなかった。


 数年後、俺は街を出た。

 周りの老人や大人は俺を慰めるが、そんなことされたところで姉さんは帰っては来ない。

 街の図書館にあった本に、伝説の大蛇、名を冥叶のアイタアルは、死した魂をこの世に復活させることが出来ると記載されていた。

 たったそれだけの情報だったが、俺にとっては希望だった。


 街を転々として、1年後、あの姉さんを殺した盗賊に出会った。

 そいつらはあの時と同じく、女性を狙って荷車を襲っていた。

 俺は、剣を取りだし、一人一人しっかり苦しむように殺して行った。

 だが、そんなことをしたところで姉さんは帰ってこない。

 盗賊を殺したところで、俺の心は晴れることは無かった。

 そして、再び俺の旅は始まった。


 各地を周り、図書館を巡り、5年が経った頃、俺は姉さんが好きだった花のことについて調べようと思った。

 姉さんの復活とは何ら関係の無い情報だが、生き返った姉さんと花の世話をする仕事をして一緒に暮らしたいと思ったからだ。


 そして、俺は知った。

 花は、特別な花言葉というものを持っていること。

 そして、黒の薔薇が「死」を意味することも。


 俺はあの時の俺を憎んだ。

 俺が姉さんを死に追いやった。

 その思い込みがいっそう強くなり、俺は花のことを調べるのをやめ、冥叶のアイタアルのことだけを調べ回った。


 更に数年後、俺は目撃情報があった断崖絶壁の岩場で、遂に、冥叶のアイタアルに出会った。

 アイタアルは、喋れないが念話が使えた。

 そして、本の記載通りに、死した魂を甦らせるには、「約1万」の魂が必要なのだと、アイタアルから教えられた。


 そこから俺は、供物を効率よく得られる場所を探し回った。

 冥叶のアイタアル自身には攻撃能力は無いため、街を襲うにも俺が死んだら意味が無いし、アイタアルが死んでも意味が無い。

 そして、俺は故郷であるリーフグリードに帰ってきていた。

 姉さんはきっと故郷で生活したいはずだ。ここは花も綺麗だし、豊かな緑もある。

 そうに違いない。

 そして、俺はまず領主を脅し、捕らえられていた囚人達を全員アイタアルに捧げた。

 そして、街に来る冒険者や商人をバレないように少しづつ捕え、供物に捧げる。

 人間の魂であれば何で良くて、特に冒険者として名を挙げた強い人間などは、常人の魂の何倍もの質量を誇る。


 そして、ある日飛んでもない魔力量を誇る子供のパーティが街にやってきた。

 そいつは偵察班が言うには、距離にして約500メートル程のとこらから貫通性能が高い魔法で即死させたのだという。

 俺はこの情報を聞いて、遂に来たと感じ取った。

 もう既に9千人後半まで差し掛かっていたアイタアルの供物はそのパーティを供物に捧げれば、恐らく溜まる。

 そして、姉さんは復活する。

 この故郷である街で…!


 だが、その魂胆は俺の油断で終わりを告げた。

 そこまで強くなかった青年がいきなり、雰囲気が変わり、目にも止まらぬ早さで、俺を切り刻む。

 その時に俺は、察した。

 このまま、姉さんを甦らせれないまま終わるのだと。

 だが、死の瞬間、アイタアルが助けに入ったのだ。

 俺はその時、確信する。


 もうこの瞬間を逃せば、機会はないと。


 俺は冥叶のアイタアルに向かって叫んだ。


「冥叶のアイタアル…!!姉さんを復活させてくれ!!」


 ―――


 冥叶のアイタアル、それは死の女神であるタナトスから神力の一端を借り受ける大蛇。

 その力を利用し、大量の供物を捧げさせ、死の世界から魂を呼び戻す。

 しかし、復活を遂げたのは、体が崩壊を始めるダーグの姉、ノラだった。


 ―――


「ノラ姉さん!!!」


 ダーグは、体の崩壊が始まる女性を見て叫ぶ。瀕死の重体だと言うのに、ダーグは立ち上がり、その女性へと駆け寄る。


「アイタアル…か」


 いつの間にか戻っていた、フェルは蛇の名前を呟く。


「先生、知ってるのか?」


「あれは冥叶のアイタアルと呼ばれる世界の理から外れる力を持った大蛇じゃ」


 世界の理から外れる力を持つ大蛇か…。

 だとするとあれは…。


「あぁ、ノアが予想した通り、死した魂を呼び戻す甦魂の秘術メモワール・パンドラで、甦った魂じゃ。だが、彼奴は供物を集めきる前に頼んだようじゃ。完璧な魂ではなく、アイタアルによって模倣された仮の魂と言ったところか」


 この街で起こっていた、不当に逮捕され処刑される噂は本当で、アイタアルの供物にされていたって訳か…。


 俺はなんとも言えない感情を押し殺し、ダーグを見据えたのだった。

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