第20話 仮構の命、花香の冥 その捌

「下から、何か上がってくる…?」


 黒服が、何か構えて繰り出そうとしたその時に、地面が揺れ始めた。

 俺が感知したのは下から上がってくる巨大な魔力。

 今まで、戦闘を観戦していたフェルは巨大な魔力がせり上がってくる方向を見る。


「あれは…、マジックスクロールの塊のようじゃ。あれは我に任せて、ノアはあの男に集中せえ」


「おう、あれは先生に任せるよ」


 そういうと、フェルはノルザさん抱き抱えて連れて行った。

 ノルザさんは剣にはあまり携わっていないので、この黒服との戦闘じゃ役に立てないことをフェルは見抜いていたのだろう。


「さて、第2ラウンドと行くか?黒ずくめ」


「くくっ…。俺の名前はダーグだ。そうでなくては俺も楽しめん!」


 再び、ダーグの剣戟の猛攻が始まった。


 ―――


「ふむ、なんなんじゃこれは?」


 せり上がってきた巨大な魔力を感知して、飛び出してきたが、現場にいたのは全長約60メートル程にもなる巨大な機械だった。


「確か…、ロボット…とかいう機械だったか」


 フェルはロボットを見て、遥か昔のことを思い出す。

 しかし、この巨大なロボットを動かすには相当の魔力が必要だろう。

 魔力の総量から見て10〜15分程度だろうか?


「ダーグぅぅぁぁあ!!」


 怨念の籠った咆哮をあげる機械。

 ドスンドスンと、重たい足を上げノアのいる街の方へ近づこうとする巨大なロボット。


「この我が簡単に行かせると思うのか?」


 フェルが身体強化を行使して、跳躍する。

 1秒とかからずに、ロボットの眼前へと飛んだフェルは思いっきり力を入れて、グーパンチを繰り出す。


「グゴガァ!」


 そう呻き声を上げて、転びそうになるロボットがなんとか体勢を立て直す。


「子供!?俺の邪魔をする気か!!」


 怨念の対象はフェルに移る。

 そんなことは関係ないと、フェルは再びグーパンチでロボットの腹を狙う。


 ゴガン!という大きな音を立てたロボットは無傷で、既に重い腕を持ち上げていた。ロボットは巨大な腕を重力で加速させ、フェルを叩き落とす。


「ふははは!やはり最強!我がロボット!」


 地面に叩きつけられたフェルは、至る所から血を吹き出している。


「ぐっ…、あの巨体からのただの叩きでさえ、流石のパワーじゃの…」


「フェル様…!」


 ノルザが近ずこうとするが、腕で制止させる。


「ノルザは来るな…。死んでしまうかもしれないからの。そうなったらノアに叱られる」


 若干ズレた思考をしたフェルが、立ち上がる。節々から血を垂れ流しているが、それを見て呆れたように言葉を発する。


「やはり、人間の体じゃ限界がある」


 その言葉と同時に、周囲に濃霧が発生し、フェルを包み込む。


「久々に、この姿で狩りをするの」


 そう呟いて、霧の中から出てきたそれは真っ白な衣をまとい、深紅の目を光らせる。

 その姿は、紛れもなく、あの伝説の獣であるフェンリルであった。


 ―――


「くっ!おりゃあ!」


 ダーグに肉薄を許してしまい、魔法剣で対処し、後ろへ跳躍する。


 魔法剣はボロボロと崩れ落ちて、手元から消える。


(くそ、無駄な消費をさせられた)


 魔法剣とは、自身の魔力を使って作り出す、言わば魔力量そのもの。

 即席で用意出来るが、その分消費魔力が高く、かなり脆い。


 だから1本使うだけでも相当な痛手だ。


 ただでさえ、力が拮抗して決め手に困っているのに、こちらの魔力を消費させられるのは不味い展開だ。


「くくっ。良くない顔だなぁ…?その剣は使うとまずいのかぁ?」


 しまったな。つい顔に出てしまっていたか。

 だが、そんな情報を相手に与えたところでもう意味ない。

 即席で使う守るための剣だから、後手に回らなければ大丈夫だ。

 しかし、魔法をバンバカ撃っていたら早々に、魔力がそこを尽きる。

 やはり剣で対処しなければ、消耗させられて負ける。


「何を考え事をしてんだぁ…?」


「しまっ…!!」


 いつの間にか接近していたダーグに思いっきり腹を蹴られ、吹き飛ぶ。


「ぐはっ…」


 壁に打ち付けられ、体が宙を舞う。


 やがて重力に逆らえなくなった体は力なく、地面に叩きつけられる。


 くっそ…。全身が痛てぇ。


 今まで経験したことない痛みだ…。


 特に蹴られた腹がズキズキと痛みを訴える。

 肋骨が折れたか…?


「はぁ…!」


 立ち上がり全神経を集中させ、身体強化の魔法を更に強く行使し、体を補強する。


 痛みが酷いが、それだけだ。


 腕や足は無理をすればちゃんと動く。


 大丈夫。あの男を倒せるだけの力は残っている。


「おぉ、領主邸まで吹き飛んだかぁ…。えらく飛んだなぁ…」


 そう言って、俺が吹き飛ばされた時に出来た穴からダーグは領主邸に入ってくる。

 俺は口の中が切れたことにより、口の中を満たしていた血を吐き出し宣言する。


「ぶっ飛ばしてやる」


「…くくっ!こいよぉ…!!」


 ―――


 月光がカーテンの隙間から差し込む暗い部屋の中、銀色の鱗を輝かせながら、この世の理を覆す力を持つ巨体は、うごめきながらその時を只管ひたすら、ただ待つのみだ。

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