第17話 仮構の命、花香の冥 その伍

「危ないっ!」


 この夜の喧騒で更に人が家から出てくる。

 人の雪崩によって、女の子が潰されそうになる所をなんとか抱えあげて、街の中心から離れていく。




 数分前、俺はアクアバーストで壁を貫いたあと、街の中心の広場に来ていた。


 身体強化の魔法を使用しながら、今日フェルに言われた事を思い返す。


「実はこの魔道具が壊れた原因なんじゃが…、どうやら街の中央に咲いている花の匂いが原因らしいんじゃ」


 身体強化で嗅覚が強くなった今ならわかる。


 確かに、花からは微かだがのようなそんな匂いが混じっているのだ。


 花に血がかかったとかではなく、もっと根本的な…、「血で出来た」ような匂いが身体強化によって強化された鼻が訴えかけた。


 そして、何故か花から出る血の匂いには俺でも検知出来なかった催眠効果があるらしいのだ。


 それで、ノルザさんのアクセサリーはこの僅かな血の匂いに混じっている催眠効果を吸収して壊れたのだろう。


 そして、催眠内容とは、フェルが魔道具を解析して分かったことで、周りの人間の行動に釣られて自分も同じように動いてしまうという何とも奇妙な催眠だという。


 そして、催眠の解除方法もフェルが解析してくれた。


 解除方法は2つあって、1つ目は目的の達成だ。

 例えば、俺がピアスを買ってしまった時を思い返せば分かりやすいが、あの女性2人組がピアスを買うという行動を俺に感染させた。

 そして、その目標が達成されたことで俺の催眠は解けた。これが1つ目だ。


 そして2つ目は、大きな衝撃で催眠を解くという方法だ。

 これも宿屋で起きた事を思い返せば分かりやすいと思う。

 恐らく、1組目の冒険者風の若者が喧嘩をしてそれが感染源になった。

 それが周りの人にも感染して喧嘩が連鎖したのだと思う。

 そして、料理人が怒って大きな音を出したことにより、催眠は解けて、喧嘩していた人は食事を再開した。

 なので、フェルの解析した情報は正確だったのだと再確認したと同時にフェルは魔道具の解析もできるすげぇフェンリルだということがわかった。

 

「この街はなにかがあるの」


 そして、俺は宿屋でフェルが言ったその言葉を思い出す。


「お兄ちゃん…、ありがとう…」


 抱えたまま走る俺に先程助けた女の子は振り絞って出したかのような笑顔でお礼を言われた。


 ある程度走ったところで、女の子を下ろして歩き始める。

 まだここら辺には人の気配はないから大丈夫なはずだ。


「君、お父さんとかは?」


「…昨日捕まったの。果物を盗んだって…。お父さんはそんなことする人じゃないのに…」


 き、昨日のあの人の子供だったのか。

 …考えてみれば、この子がいるのに果物たった1個で人生を棒に振るのは理解が出来ない。

 女の子の服装を見てもお金が無い訳ではなく、ちゃんと、水準の高い生活をしているように見える。

 そして、あの時の「助け…」という言葉も気になる。

 あの時の男の人の「助け…」は捕まったから助けてを求めていたのではなく、なにか別の事への助けを求めていたのかもしれない。


「そっか、なら、俺が君のお父さんの無実を証明して連れてくるよ」


 そう言うと、女の子は今までにない笑顔になる。

 ノルザさんの魔法でお父さんが捕まったことによる罪悪感はあったのかもしれない。


 だけど。


 この街は外見上はゴミひとつ内綺麗な街だが、女の子を泣かせるようだと、本当に綺麗な街とは言えないだろうな。

 ここを治めている領主に文句を言ってこの子のお父さんを解放しなきゃ行けない。


「ちゃんと家に帰るんだよー」


「うん!助けてくれてありがとう!」


 そう言って女の子と離れたのだった。


 ―――


 時は、ノアが女の子を助けた数分前に遡る。

 フェルは、ノアがまた何かに構って遅くなっているのではないかと危惧していた。

 ノアは、かなりお人好しで、ある日の昼用に食べるはずだったエリーゼのサンドイッチを動物に食べられた時は、その動物に全部あげて、自分は「これで食べる時間も訓練出来るな」なんて言うし、またある日は、動物が食べられそうになった時も態々助けに行き、捕食者を殺しもしないで追っ払う程度で済まして、また襲われているところを助けるなんてことがざらにあった程だ。

 だからこそ、ノアがなにかやらかしているのではとフェルは不安だった。

 数千年も生きる我が不安など…、と思ったがノアが厄介事に巻き込まれて死ぬ姿を想像した自分が腹立たしくなり、自分で頭を殴って、やはり不安なのだと自覚する。


「もし、ノアが死んだら我は耐えれん」


 飛躍した思考はいつしか、ノアが生死の危機に晒されているとフェルに解釈させ、フェルがリーフグリードの街へと走り出す。


「ちょ、フェル様…」


 置いていかれたノルザは、荷物を放り投げ、身体強化の魔法を行使してフェルの後を追いかけるのだった。


 ―――


「さて、ここが領主の屋敷か」


 中心の広場から続く真っ直ぐな直線の道沿いに並ぶ家の屋根を飛び越えながら、領主邸のすぐそこまでたどり着いた。

 下には兵士が何人もいて、領主に直接物申しに行ける雰囲気ではないな。


 ここで俺は1つ気づいたことがある。


「あれ…?もしかして俺って女の子のお父さんの無実を証明する証拠をひとつも持ってない…」


 俺はバカか…。何熱くなって飛び出してきたんだ。

 女の子の感情に流されて、今の状況がよく分かっていなかった。もう俺1人で好き勝手動いていた、あのエリーゼの森の中ではないのだ。

 だが、もう女の子と約束をしているから取り返しがつかない。

 女の子のお父さんを連れてくるのは容易だが、無実の証明が出来なかったら再び牢屋に戻ってしまうだろう。


 くそ、どうすればいい…。


「ノア!」


 突然、フェルがものすごい勢いで飛びついてきた。

 かなり焦っている様子で、なにかただ事では無い様子だ。


「どうした?何かあったか?」


「な…」


「な?」


「何かあったか?じゃないじゃろ!連絡もなしに待ち合わせ場所にずっと来ないで…、我がどんだけ…、どんだけ…」


 そこまで言うとフェルは俯いて動かなくなった。

 しまったな、そっちにも連絡しとくべきだった。


「すまん先生」


「ふん、分かれば良い」


 顔を上げて、いつもの調子を取り戻したフェルは立ち上がる。

 そして、見透かしたように腰に手を当て言葉を発する。


「我の力が必要なんじゃないか?」





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