第289話「お姉ちゃんと朝チュン疑惑」
「最近さ、キミのお姉さんどうしてるの?あれから全然見かけないけど」
英鏡子が睦月を呼び出した日から数日。
何故かあれ程執拗に睦月の周辺を追い回してい鏡子が現れなくなった。
何かあったのかと、今日は久しぶりに妹の紗里と荒川に来ていた。
手にはコーヒーショップで買った限定フレーバーのフラペチーノを携えて。
いつもの制服の上に真っ赤なパーカーを羽織った紗里はフラペチーノを一口飲んでから唇を湿らせた。
「あれね。何かねお姉ちゃん、睦月の担当外れたみたいだよ。ちょっと前に言ってた。でも今、誰の担当してるとかは話してくれなかったんだー」
「あぁ、そういう事か。ま、家族でもあまり仕事の詳細は話すもんでもないんじゃない?」
鏡子と紗里、二人がどのような姉妹なのかはわからないが、それなりにお互いを気にしているところを見ると、最初に思ったより仲は悪くはないようだ。
「そうだね。でもね。何か最近のお姉ちゃん、変なんだ」
「変……ていうと?」
すると紗里は睦月の耳元に顔を寄せ、声を顰めた。
「実は一昨日、お姉ちゃん朝帰りしてきたの」
……ぶはっ
睦月は盛大にフラペチーノを吹いた。
すぐに紗里からハンカチを差し出される。
「大丈夫?」
「ありがと。いや……えーと。それは仕事で泊り込みとかじゃなく?」
「違います。だってその日の夕方に今日は会社の人たちと飲みに行くから帰りは遅くなるって、飲み屋みたいなガヤガヤした場所から電話で話したんだもん」
「…………………」
これは一体どうしたものか。
睦月は難しい顔をしてハンカチを握りしめる。
「それなのに帰ったのはお昼近くだよ?何かいい匂いさせて帰って来て、私と目を合わせようともしないの。ね、絶対変だよね」
「うーん……彼氏でも出来たとか?」
「お姉ちゃんに?そんな事あり得ないよ。だってお姉ちゃん仕事の鬼で鉄の女記者って呼ばれてるんだよ。最後に男と付き合ったのなんて大学の時だったんじゃないかな。ラグビー部の四角い顔のオッサン」
「ぶっ…それは何というか……。でも男女の事なんてわからないっていうでしょ。僕はわからないけど」
「でもそんな短期間で彼氏なんて出来るかなぁ。私には無理」
「僕にも無理。だけどまだ正式に付き合ってない段階かもしれないよ」
すると紗里は顔を真っ赤にして睦月を見た。
「まだ付き合ってないのに朝チュンしちゃうの?あの堅物お姉ちゃんが?」
「朝チュン…ってキミねぇ。うーん。確か飲み会って言ってたよね。だから恐らく酔った弾みで…とか」
「だったら会社の人だよね。でもお姉ちゃんに会社の新年会の写真見せてもらった時、全然イケてるメンズいなかったけどなぁ。後はオッサンばかり」
「はははは…。まぁ、今はそっとしておいた方がいいんじゃない?その内お姉さんの方から言ってくるよ」
「そうかなぁ。あー。でもお姉ちゃんもそろそろ三十路だもんね。色々焦ってるのかも」
「そう?あの人ならそういう世間体とか気にしないタイプに見えるけど。仕事が充実していれば結婚とかしなくても我が道を行くみたいなさ」
何となくあのサバサバした性格ならそういうのではないだろうか。
睦月も恐らくそんな部類に入るだろう。
今のところ結婚願望もないし、恋愛をしたいわけでもない。
「私さ。お姉ちゃんにはまともな人と結婚して欲しいな。だから少なくとも朝チュンはないわー」
「おいおい。引っ張るね〜」
「あぁ。こんなにお姉ちゃんの事で悩む日が来るなんて…」
「キミは取り敢えずそんな事より勉強頑張りなよね」
睦月は横に投げ出された彼女のカバンを見てため息を吐いた。
中は勉強に必要な物は一切なく、コスメやアニメグッズ、お菓子でパンパンだった。
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