第273話「幕間・姉と妹」
「芸能人って暇なんだね」
「うわっ…なっ……!?あぁ、何だあんたか」
荒川沿いのベンチでぼんやりと川の流れを眺めていると、突然背後から声を掛けられ、睦月は思わずビクリと肩を震わせた。
振り返ると、こちらを何故かドヤ顔で見ている紗里と視線がかち合う。
「何だって何よ。それより、売れっ子な芸能人がこんなトコでまったりして、いいの?」
「別に言う程売れてないし、時にはこういう時間も大切なの」
睦月はそう言うと小さな欠伸を漏らし、気だるげにベンチに凭れた。
「ふーん。要するにサボりか」
「身も蓋もない事言わないでくれます?僕にも色々あんの」
「パワハラ問題とか?」
「いやいやいや。怖い事言うねキミ。まぁ…ちょっとね。最近迷ってるんだ。この先の自分の方向性というか、生き方みたいな?」
すると紗里は興味深いものを聞いたという風に瞳を大きくさせて隣に座ってきた。
彼女の身体から爽やかな柑橘系のコロンの香りが漂い、それが夕暮れの少し冷えた空気と混じり心地よい。
「なにそれ、私と同じじゃん?私もさ、今それっぽい事で悩んでんだよね。進路相談でさ、担任にどうしたいのかとか、どんな人生にしたいのかなんて急に聞かれても何も考えてねーっての」
紗里はうんざりしたように鼻から息を吐いた。
どうやら今時JKにもそれなりに色々あるようだ。
「ま、それはわかるかも。僕もさ、進路なんて全然考えてなかったからね。後から友達に聞いたらさ、皆漠然としたものも含めて、結構皆真剣に考えててびっくりしたよ。何も考えてないの自分だけだったんだって焦った」
「そうそう!それ正に今の私!大体一生分の計画なんて考えてる子供なんていないじゃんってそう思ってた。まぁ、結婚は28までにはしたいって考えたけど」
「結婚」という言葉で紗里は一瞬言葉を詰まらせた。
まぁ、自分は今まで結婚なんて興味を持った事もないし、一生縁がないものだと思っている。
「ねぇ、キミ。僕は……」
思い切って睦月が何か言おうと口を開いた瞬間だった。
「睦月っ。なんで貴方が紗里…妹と一緒にいるのよ」
二人の前にはいつの間にか、スラリとしたパンツスーツ姿の女性が立っていた。
英鏡子。
睦月に付き纏っている記者だ。
その鏡子が紗里を「妹」と呼んだのを睦月は聞き逃さなかった。
「…やっぱりね。そうだと思った」
「お姉ちゃん?」
二人は同時に口を開いた。
そして紗里は信じられないという風に睦月を見た。
「な…に、二人は知り合いなの?」
「まーね。知り合いと言っていいのかな」
そう言って睦月は鏡子の方を向いて肩を竦めた。
鏡子は鋭い瞳で睦月を睨みつける。
「紗里、貴方この人が誰かわかってるの?」
「誰って、睦月でしょ?アイドルの」
紗里は姉が何を言っているのか本当にわからないようで首を傾げる。
それを見て鏡子は軽く舌打ちをした。
「……どうやらまだそこまでは知らないようね。だったらいいわ。紗里。もうその人には会わないで」
「なっ…、お姉ちゃん?何でよ。睦月はそんな危ない人じゃないよ」
「そういう意味じゃないの。いいからここはお姉ちゃんの言う事を聞いて。それから睦月さん。この事で少し話したいから後日時間を作ってください」
鏡子が紗里の手を引いてベンチから立ち上がらせると、睦月をジロリと見た。
「はいはい。んじゃね。バイバイ紗里ちゃん♡」
睦月はヒラヒラと二人に手を振り、背を向けゆっくりと歩き出した。
背中を覆う長い髪が微風を受けて歩調に合わせてユラユラ棚引く様を紗里はぼんやりと眺めていた。
しかし、それ以上に横にいる姉は異様な威圧感をもってその背を睨んでいる。
こんな姉は初めて見た。
「な…何なのよ、お姉ちゃん」
「いいから来なさい。アレはダメ。貴方が関わるべきではないの」
鏡子は何故か厳しい顔をして去り行く睦月の背中をいつまでも睨みつけていた。
紗里はそんな姉を不安げな顔で見上げる。
「お姉ちゃん…」
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