第272話「ニュー笹島をよろしく」
あまり人目につかない大通り公園の植え込み付近のベンチで焼きとうもろこしを食べながら翔の呼んだ付き人を待つ事数分、向こう側から首にタオルを巻いたスーツ姿の男性がこちらへ向けて走って来るのが見えた。
「おぉっ、来た来た。結構早いじゃん」
それを見た翔は嬉しそうに男性に手を振った。
何故か夕陽は嫌な予感に顔を強張らせた。
それは長年培われた勘のようなもので、残念な事にそれは大体当たる。
荒い呼吸音と共にやがてその男性がこちらに到着した。
「はぁ…はぁ…はぁぁ……もぅ、何なんすか、まだ打合せの途中で逃げ出すと思ったら、こんなところで荷物預れって。何買ったんすか?」
全速力で来たのか彼は肩で荒い呼吸を繰り返している。
そんな膝に両手を置いて俯いた男性の肩に翔は気安く手をかける。
「あ、紹介するわ。新しい付き人のササニシキくん」
「え?」
顔を上げた男性はストレートの髪をピッチリ七三にわけた「笹島耕平」だった。
笹島も夕陽たちも思わずその場て固まった。
何とも嫌な空気が漂う。
「うっ…あ……初めまして。ササニシキさん」
「ちょっ…夕陽さん!何自然に初対面の挨拶してんの。これ、どう見ても笹島さんじゃん」
普通に初対面のように挨拶を始めた夕陽にみなみが食ってかかる。
「いや、笹島ならアフロだろ?この人、アフロじゃないし」
「おーい、俺のアイデンティティ、アフロなのかよ…」
ササニシキ…笹島が落胆したようにガックリと肩を落とす。
「いや、マジでどうしたんだよ。お前。会社も休んでさ…」
ようやく夕陽も真面目に取り合う気になったのか、普通の会話に戻る。
「あぁ、その事?俺、会社辞めたんだよ」
「は?お前何言ってんだよ、お前の上司はそんな事言ってなかったぞ」
「多分辞職届、止めてんじゃ無いのかな。こっちの腹はもう決まってっからいいのに」
笹島はなんでも無い事のようにカラカラ笑っている。
しかし話が急すぎる。
一体彼に何があったのだろう。
「えー、笹島さん本当に辞めちゃって大丈夫なの?これからどうするの」
「だから僕の付き人って言ってるじゃん。乙女乃怜がコイツ要らないっていうから、僕が拾った。まぁ、本当言うと夕陽クンの方が欲しかったんだけどね。永瀬さんに悪いから今は諦めるけど」
そこで翔が笹島のテカテカに固められた頭に手を乗せて笑った。
「いや…まだ言ってるし。この人」
「あはは。交渉次第では…て。嘘だよ。夕陽さん。顔が怖いよ」
以前も翔はそう言って夕陽を何とか引き抜こうとしていた。
まさかまだ考えていたとは思わなかった。
「まー、でもさ。莉奈さんから言われた事もきっかけでもあったけどさ、実は前からやってみたかったのもあるんだ。タレントは無理でも芸能関係の仕事に就きたいっての」
「そういえば前はよく言ってたよな。本気にはしてなかったけど」
夕陽は懐かしむように視線を中空へやった。
高校生の頃、笹島は毎日のように言っていた。
笹島の中で一番芸能界への憧れが強かった時期だったのだろう。
「俺は今も本気だよ。夕陽、これはチャンスでもあるんだよ。俺だって本音言えば推しのマネージャーやりたかったよ。でもそこは公私混同しちゃダメじゃん?」
「あのな、あっちは6人くらい付いてる大手なんだぜ?無理に決まってんだろ。贅沢なんだよ」
翔は憎々しげに笹島の脇腹をつねり上げた。
「あいたたっ!わかってますって」
「まぁ、正式に離職が成立したらウチと契約って事になるから、それまではただの付き人だけどな」
「いやぁ、びっくりしたよ。でもさ、やっぱその髪型は似合わないと思うぞ?」
「……え、そんなに似合ってない?」
笹島は自分の頭に手を伸ばす。
その頭は整髪料でカチカチに固められていて、かなりの硬度を誇るメットのようだ。
多少の事故なら大丈夫なのではないだろうか。
「ま、そんなワケでニュー笹島耕平をシクヨロ!テヘ♡」
「バカらしい…行くぞ。みなみ」
盛大なため息を吐いた夕陽は、みなみの手を取ると、そのまま回れ右をした。
「わぁぁっ、ちょっと待って!つか蓮さんも何とかしてくださいっすよ!」
「あはは。ホント仲良いな。お前ら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます