第268話「なりゆき」
朝からみっちり扱かれたダンスレッスンを終えた帰り道、睦月は昼食兼、夕食のハンバーガーの袋を抱えて地下鉄の駅へ向かう道すがら、最近よく見かける制服の女の子たちが走り去るのを見た。
あれは広瀬カイのファンの女の子たちだ。
彼と共演する度にわざわざ待ち伏せして絡んでくるので、彼女たちにはうんざりしていた。
しかし今日の彼女たちは誰かを追いかけているようで、睦月とすれ違っても気付く事なく素通りして駆け抜けて行った。
「何だ、あれは……」
別に標的が自分ではないのなら、それでいいのだが、何故か今日の睦月は何故か彼女たちが何を追いかけているのか気になった。
朝からのレッスンで疲労感は残るが、睦月は駅を出て彼女たちを追いかける事にした。
「オラオラオラぁ、逃げんじゃねーよ!」
彼女たちは口汚く罵り声をあげながら獲物を追う狩りのように楽しげな様子で追いかけている。
どうやら追われているのは同じ制服の女の子のようだ。
女の子は何故か全身ずぶ濡れで、髪から水滴を滴らせながら走っている。
睦月は彼女たちを追いかけながら軽く舌打ちする。
(何だよあれは。一人を寄って集って…)
やがて、女の子は少し開けた広場にたどり着いた。
広場といってもそれ程広くもなく、有刺鉄線で四方を囲まれている為、ほぼ袋小路といってもいい。
絶体絶命というところだろう。
その時、女の子が後ろの小さな建物に気付いたように振り返る。
そこは資材置き場なのか、小さな建物がポツンと建てられていた。
「逃げんじゃないよ。早く出て来なよ」
やがて追いついた女の子たちが厭な笑みを浮かべながら広場に入ってきた。
すると女の子は建物に駆け寄り、扉のノブに手をかけた。
鍵は掛かっておらず、何故か完全に閉まらないよう、ストッパーが挟まっていた。
女の子はそのストッパーを足で蹴り飛ばすと、建物の中に身を踊らせた。
「逃げんなよ!」
彼女たちがすぐに建物に駆け寄る。
その途端、ガチャっと施錠される音が響いた。
しかし彼女たちがノブを握ると、すぐに扉が開いた。
それを見た一人が足元に転がったストッパーに気付き、ニヤリと笑う。
「ねぇ。これさ、外側からしか開かない仕組みなんじゃね?中に入ると鍵が掛かるヤツ」
「あー、なるほどね。だからソイツを噛ませてたんだ。だったらアイツ、自分から出られないんじゃね?」
リーダー格らしき金髪の少女が笑いを堪えきれない様子で肩を振るわせている。
「よし、んじゃ、これであたしらは引き上げようよ」
「だよね。んじゃ、一人で震えてなよね。紗里っ」
そう言って女の子たちはクスクス笑いながら去って行った。
「……紗里だって?」
隠れてそのやり取りを見ていた睦月は思わずポケットにしまっていた生徒手帳を取り出した。
「英紗里…。まさか中に居るのはあの子なのか?」
半信半疑で睦月は建物に近づく。
するとノブを内側からガチャガチャ回す音が聞こえてきた。
どうやら本当に内側からでは開かないようだ。
睦月はゆっくりノブを握り、回した。
ガチャン。
開錠音が響き、ドアが開く。
すると目に涙を一杯溜めたずぶ濡れの女の子…紗里と目が合った。
「あ、やっぱりお前さんか。英紗里」
「な…んで、睦月がここに居るの?」
「…さぁな。何でだろうな」
睦月はため息を吐いた。
「とりあえず、なり行きってヤツ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます