第267話「変われるもの、変われないもの」
「俺も変わらなくちゃ…な」
明け方の薄っすら差し込む朝日に目を細め、笹島はゆっくりと布団から這い出した。
そして縮れたアフロヘアに手を伸ばす。
「待ってるだけじゃ何も変わらないし、変われない。だから見ていて下さいっす。莉奈さん」
笹島はまだ寝静まっている家をそっと飛び出した。
その日から笹島は二週間程会社を一身上の都合として休み、一切連絡が取れなくなった。
☆☆☆
「笹島、どうしちゃったんだろうなー」
社食でたまたま一緒になった夕陽、三輪、佐久間の三人は揃ってカレーを食べながら、姿を消した笹島について話していた。
夕陽にとっても笹島の突然の失踪は寝耳に水だった。
つい最近まで、怜の事で悩んではいるようだったが、表面上は元気そうだった。
一体彼になにがあったのだろう。
その笹島とはずっと連絡はつかず、スマホは電源が入っていないようで、何も彼から反応はなかった。
一番心当たりがありそうな怜に話を聞いてみたいのだが、夕陽は怜の連絡先を知らない。
みなみに聞けばわかると思うのだが、みなみは結婚発表前の最後の仕事である、主演映画のプロモーション活動で忙しく飛び回っている為、中々捕まらない。
「そういえばあいつ、彼女いたんだっけ?僕たちに紹介すらしてないエア彼女疑惑のさ。もしかしてそれマジにいて、フラれたんじゃない」
三輪が水を飲み干し、コップをテーブルに置くと自分で想像した事に身震いしたのか、僅かに視線を泳がせた。
「それでまさか世を儚んでとかないよな?」
佐久間が嫌な事を言う。
しかし夕陽はこの中で唯一笹島の彼女が誰であるか知っている為、内心嫌な汗をかいていた。
「いやいや、笹島がそんな繊細かねぇ」
「だよなー。しかしマジでいるのかな。彼女」
佐久間はカレーを口へ流し込むと、トレーを持ち上げて席を立った。
「それじゃ、俺これから埼玉でクライアントとイベントの現場確認に立ち会う約束あるから先に行くな」
「おぅ。頑張れー」
慌てて社食を出ていく佐久間に、三輪と夕陽は軽く手を振った。
「しかし笹島ホントに大丈夫かね」
「あぁ…そうだな」
夕陽は窓の外に視線を向ける。
本当に笹島は今頃何処で何をしているのだろう。
☆☆☆
「ふぁ〜ぁ。はよ」
「蓮。もう夕方なんだけど?」
昨日、一緒に夕飯を食べた後、北河あづ紗のアルバムの調整をすると言って翔が地下のスタジオに篭ってから出て来たのは、翌日の夕方だった。
その間、寝てないのか目の下には隈が浮かんでいる。
「もう。夢中になるとすぐ他の事がどうでもよくなっちゃうんだから」
「いや別にそんなわけないよ。ちゃんとお前の事も考えてるから」
そう言って翔は陽菜の額に素早くキスをする。
「はいはい。そうやって甘い言葉さえ言えば私の機嫌が直ると思ってるでしょ?調子いいなぁ。そういえば蓮、最初に出会った時は私の事、ブスって言ってたよね」
すると翔の動きが不自然に固まった。
「いや…あれは謝っただろうが」
「それはそうだけど、そんな事思っててもわざわざ口にするかなって思って」
唇を尖らせる陽菜に翔は髪を掻きむしりながら言葉を選ぶように口を開く。
「だってお前、めちゃくちゃ可愛いし、ドンピシャ好みだって思ってても、自分のモノになるはずもねーし。だったらこれ以上近付かないようわざと嫌われようと仕向けたの!」
「……え、アイドルでもそんな事思うんだ」
すると翔の顔が一瞬で真っ赤になった。
「悪いか!つかお前もアイドルだろ。確かにプロ意識低いと思ったよ。だけど無理じゃん。アイドルだって普通に一目惚れするし、好きになる事だってあるんだよ」
「あ。もしかして一目惚れだったの?」
「いや、そこまでは……ただ、いいなとは前々から思ってはいた」
すると見る見るうちに陽菜の顔も赤くなっていく。
「やばっ、聞いててこっちが恥ずかしくなってきた」
「お前が言わせたんだろーが!」
そう言って二人で逃げ回ったりと、他人が見たら砂を吐きそうなくらいイチャイチャしているところで来客を知らせるチャイムが鳴った。
陽菜が翔を見上げる。
「あれ。今日ってお客さん来る予定だったっけ?」
「いや。僕にはないけどそっちは?」
「ううん。私もないよ。出てみる?」
陽菜が応対しようと立ち上がったのを翔が制止する。
「僕が出るよ。陽菜はそこにいて」
「ん。わかった」
翔はメガネを掛けて、エントランスへ向かった。
「あ。乙女乃怜?」
ドアを開けた瞬間、翔は呆然とした。
そこに立っていたのは、陽菜の所属するトロピカルエースのメンバー、乙女乃怜だった。
「ゴメンなさい。急に来て。陽菜いる?」
「あ…あぁ。中どうぞ」
翔は家の中へ怜を促した。
(一体、何で乙女乃怜がウチに来たんだ?)
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