第264話「結婚式へ向けて」

季節は進み、いよいよ秋になった。

今月、夕陽とみなみは結婚式を挙げる。


思えばこれまで色々な事があった。


偶然の出会いから始まったアイドルの女の子との恋愛は毎日が台風のようだった。


それでも一緒にいたいと思える存在だと思うようになったのはいつからだろう。


夕陽は小箱から結婚指輪を取り出した。

みなみはそれを受け取らなかった。


別に指輪が嫌だったわけではない。

結婚式にはあの指抜きをつけていきたいと言ったからだ。


二人を引き寄せたあの思い出の指抜きを。




「……何か、色々考えてしまうよな」



 

指輪を指で軽く摩りながら、夕陽は幸せそうに笑った。




         ☆☆☆



「何、また落ち込んでるの?」



睦月がハンバーガーを食べながら事務所の屋上へ行くと、そこにはまた怜が体育座りをしているのが目に入ってきた。


睦月は怜の隣にドカっと座ると、ハンバーガーの入った紙袋を差し出す。



「…いらない。今、ダイエット中なの」



「そ?莉奈全然デブくないじゃん。少しポチャってた方が可愛いと思うけど?」



「……じゃあ食べる」



怜はハンバーガーを受け取ると、しばらく二人並んでそれを食べた。



「ハンバーガーなんて何年振りだろうな。相変わらずチープなお肉使ってるんだろうけど……めちゃくちゃ美味しい」



「だよねー。でもさ、冷めたポテトって何であんなに不味くなるんだろうな。出来立てはカリカリホクホクで超美味いのに」



そう言って睦月はすっかり冷めてしんなりしたポテトを眼前で振ってみせた。




「あははっ。だよね。だよね。でもさ、昔はよく食べたよね」



「あの頃は今よりレッスンきつかったから、食事の時間も満足に取れなかったよな」



睦月は懐かしむように遠い目をしている。

昔といっても二年くらいしか経っていない。

怜はオーディションを勝ち抜き、トロピカルエースでデビューする事が決まっていた。


一方で睦月はもう「女性」アイドルとして活躍しており、日々忙しい毎日を過ごしていた。


二人はそこで知り合った。

最初は睦月を嫌っていた怜だが、何度も事務所で顔を合わす度、無神経にハンバーガーを勧めてくる睦月に惹かれていった。


だけどそれはもう過去の事だ。

もうあの日の気持ちは戻らない。



「あれから彼氏とは会ったの?」



唐突に睦月が確信をついてきた。

怜は思わず息を呑む。




「ううん。会ってないよ」




「会って話さないと何も変わらないよ」




「わかってるわよ。そんなの…」




怜は口の周りについたケチャップを拭うとため息を吐いた。




「考えたんだけど、あの人にはね、もっと普通の女の子の方が合ってると思ったの」



「何で?莉奈は普通の可愛い女の子だよ?」



睦月は不思議そうな顔で怜を覗き込んできた。



「なっ…違うよ!可愛くなんてない。本当にあたしは…普通になんてなれないし」




「莉奈の言う普通で可愛い女の子ってのが何だかわからないけど、まだ相手の事好きなんでしょ?」



怜はコクンと頷く。


 


睦月は怜の頭を優しく撫でた。

 



「恋愛ってホント厄介だよねー」



仰ぎ見た空は青く、澄み切っていた。

雲がゆっくりと流れていく様を、しばらくの間二人は無言で見ていた。


やがて睦月はボソリと呟く。




「僕と付き合っちゃう?」




「それはダメ」




「ははは。速攻でフラれたー♡」




睦月はそのままゴロリと仰向けに転がった。

隣の怜が静かに立ち上がる気配がする。




「睦月、あたし…海外デビューするって話があるんだよね」



「ふぇ、マジで?まさか行くつもり?」



急な告白に思わず睦月は身体を起こした。

見上げた怜の顔つきは厳しいものだった。



「……いつかは挑戦したいって思ってたけど、今はトロピカルエースにも彼氏にもこれ以上不義理は出来ないからまだ保留中なの」



「そっか。だから急に距離を置きたいとか言い出したの?」



「それだけじゃないけどね…でもそれも一つのきっかけではあるかも」



怜は薄く笑った。



「僕なら夢を応援したいけど、それだったら尚更メンバーとか彼氏とよく話し合って決めた方がいいよ。何も言わないまま渡米したら禍根が残るよ?」



「わかってる。でもまだどっちも具体的に決まったわけじゃないから」



「なるほどね。でもやっぱりちゃんと話し合いな。僕はいつでも莉奈を応援してるから。で、背中を押してやるよ」



睦月は背中をドンと押すジェスチャーをしてみせた。

それを見て怜は笑った。



「うん。いつもありがとう。睦月」




        ☆☆☆




「ねぇ、薔薇。ここに新しいアルバイトさん入ったの?」



「は、アレか?いやアレは違う違う。俺の義弟」



こちらは薔薇の勤める花屋。

バックヤードではまだ大量のブーケ作りと格闘する薔薇が頭を抱えていた。


その脇をバケツを持ってキビキビ移動するスーツ姿の男が過ぎる。


薔薇の隣でブーケを英字新聞とカラフルなセロファン紙を組み合わせた包装紙で包む作業を手伝っていたあづ紗が不思議そうな顔でその男を見ている。



「義弟?」



「そ。妹が嫁いだ相手の弟。だから義弟ね。名前は笹島耕平おじちゃん」



「ちょっとー、おじちゃんって、あんたと俺は同い年じゃないっすか!」



すると耳ざとく聞いていた笹島が急にこちらに向かって吠えた。



「いやだって、ほら十七の子に二十五ってもうオジじゃん?」



「だからあんたもそうでしょって言ってんすよ」



「あー、そこはカレシ補正♡カレシはおじさんじゃねーもん。な、あづ紗」



急に話を振られたあづ紗は挙動不審にブーケを持つ手を止めてしまう。



「あのあのあの……」



すると笹島がニヤリと笑う。



「ほら、薔薇くんも立派なオジ認定っすよ」



「そんなっ!なぁ、あづ紗、俺は違うよな?」



「う…うん。大丈夫だよ。薔薇はおじさんじゃないよ。……多分」



「な…なんだよ。その微妙な間は!」



薔薇は悲しそうな目であづ紗を見た。



「違うの!薔薇はカッコいいよ。だから大丈夫なの」



「あーはいはい。ご馳走様っす。マジで北河あづ紗と付き合える世界線ウラヤマ」



笹島は幸せそうに戯れる二人を見て心底羨ましそうにため息を吐いた。


まさか薔薇に出来たという彼女が、最近デビューしたばかりの北河あづ紗だとは思わなかった。


笹島としても最近チェックしたばかりの新人アイドルなだけに注目はしていたが、こんな形で実際会えるとは今でも信じられない。


是非とも馴れ初めを聞きたいところだが、生憎そんな精神状態ではない。


笹島はバケツを床に置くと、またため息を吐いた。



「なぁ、こんなトコにいないで、何か連絡取ればいいじゃんよ」



「……そんな勇気今はないっす」



「かぁっ、つくづく面倒くせーヤツ」



薔薇は笹島のポケットからスマホを抜き取ると、それを突き付けた。



「ほれ、今から乙女乃怜に聞けよ。何で距離を置きたいって言ったのかをよ」



「いや、えーっ、それはちょっと…」



しかし薔薇の顔つきは鋭く、有無を言わせない圧を感じた。



「わ…わかったっすよ」



笹島はそれをしぶしぶ受け取った。

あれから怜に連絡をするのは初めてだ。

指が自然に緊急しだした。
















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