第263話「アイドルの定義」
「アイドルってさぁ、大体いくつまでとか定義あんのかな」
ラーメン屋に置かれた雑誌を捲りながら、三輪が呟く。
「さぁな。笹島がいればわかるのかもしれないけど、時代によってその定義って変動するんじゃないかな。今は別にそこに拘りとかないのかもしれない。年齢じゃなくてさ、存在そのものの価値っていうかさ」
夕陽は味噌ラーメンを啜りながらそう返した。
先に食べ終わった三輪は、なるほどねと言いながら、雑誌を元に戻した。
「時代と共に変わるのか…。アイドルなんてさ、長続きするもんじゃないって思ってたよ。言葉は悪いけどさ、毎年のように大量に湧いて出てきては消費されて消えていく」
「…まぁな。一番の売りが若さってのもあるんだろうけど、それは他の業界だってあるよな。特にスポーツ競技の選手とか」
「だよなー。僕らだって多少はそういうのあるよね。いくつまでにそこそこ昇進してないと先が厳しいとかさ。人それぞれ、生き方もそれぞれとは言うけれど、生に限りがある以上、何らかの期限や制限はあるわけだ」
夕陽は三輪の横顔をハッとしたように見つめた。
彼も彼なりに先の人生について考えている。
自分は目先の事を何とかする事で精一杯で、あまり将来どうしたいかなんて考えてこなかった。
みなみと結婚して、そこから先どうしたら幸せになれるのだろうか。
仕事やライフスタイルも常にアップデートを重ねていかないとならない。
「三輪、お前はいつも色々な事に気付かせてくれるよな」
「ん?何の事だよ」
夕陽はポンポンと三輪背中を軽く叩いた。
三輪はわけがわからず首を傾げている。
「で、お前は彼女とか作らないのか?」
「いやいや。僕はそういうのはいいかな。何か一人の生活に慣れきっちゃっててね」
三輪は顔立ちも悪くないし、性格も優しく穏やかだ。
だから彼さえその気になれば、すぐ彼女も出来るだろう。
前に妹とよく話していたようだったが、どうなったのだろう。
別に自分の妹と付き合って欲しいと熱望はしていないが、上手くいくようなら応援はしたい。
それくらいは思えるようになっていた。
「美空とは連絡し合ってるのか?」
「え、何で急に美空ちゃんが出てくるの?別に最近は何も連絡はしてないかな」
「そっか。うーん。まぁそれはそのうち何とかしないとな…」
「夕陽?」
夕陽は考え込むように両手を組んで唸りだす。
(これもタイミングみたいなのがあるからなぁ…。俺が下手に動かない方がいいかもな)
物事には頃合いというものがある。
つまりどんなに急いでもその頃合いにならないと動き出さないのだ。
そこに笹島の顔が浮かんだ。
(そういえば笹島のヤツ、大丈夫なのかな)
彼らの「頃合い」は一体いつなのだろう。
☆☆☆
「何だよ、もしかして乙女乃怜に別れたいって言われたのか?」
花屋の2階で笹島の相談が始まって数刻。
薔薇は参ったと顔を覆った。
まさか二人がこんな事態になっていたとは思わなかった。
笹島は机に伏したまま首を振った。
「……距離を置きたいとだけ言われたっす」
篭った声が両腕の中から聞こえてくる。
「うーん。なぁ、よく考えてみろよ。その直前とか何かマズい事、言ったり、やったりしてないか?」
「そんな事してないっすよ。あ…」
「ん、何かあったのか?」
急に笹島の鳴き声が止んだ。
薔薇は聞き漏らさないよう顔を近付ける。
「………確かあの日、初めて…エッチした後に言われたっす」
「……なるほどな。それはご愁傷様」
薔薇は何かを察したように、妙に達観した顔つきになった。
「ちょっ…これ何かマズかったんすかね?」
「いや、そこ詳しく聞きたくないし。聞く気もねーけどよ、あちらさんは相当モテてたじゃん。恋愛初心者には厳しい相手なんじゃね?」
「ええええっ?」
そこで薔薇は自分とあづ紗の事を考えた。
ずっと男性が苦手だった彼女も笹島と同じく恋愛初心者だ。
その初心者相手の恋愛は何か普通の恋愛と違いがあったり、影響があるのだろうか。
「うーん。でもな。俺の彼女もお前と似たようなもんだけど、わからないならわからないなりに一所懸命で、自分の為に追いつきたいとか努力してんの見てると、嫌いになんてならねーし、もっと好きになると思う。だからベッドで上手くやれなくても全然構わねーと思うぞ。むしろそこが可愛いっていうか…いや男相手なら何かニュアンスが違うのかもしれないけどな」
何となく自分とあづ紗の事を想像してしまい、薔薇は勝手に盛り上がってしまいそうになるのを必死に抑えつけた。
「だったら何っすか…」
「そこなんだよな。乙女乃怜って確か一時期メンタル病んでたじゃん?その辺りに何かありそうだな。何かないのか?俺テレビあまり見ないからわからんけど、仕事の事とかさ」
そう言われて笹島は顔を上げた。
「そう言われてみると、最近莉奈さん、ずっと仕事ばかりやってるなって…連絡も取れないくらいで身体が心配だったっす」
「そうか。一度会って話してみろよ。ここで他人に相談しまくってても解決するもんじゃねーぜ。怖いのはわかるが、そこは気合い入れて頑張れよ」
バシンと音がするくらい背中を叩かれて笹島はまた机に伏してしまう。
「あぅっ、そ…そうっすね。話してみるっす。何か本当に薔薇くん変わったっすね」
「まぁな。店長と彼女、イイ女二人に鍛えられてっから」
薔薇は少し照れたように笑った。
自分も少しは誰かの力になれる人間になれたかもしれない。
笹島の笑顔はまだ力がなかったが、きっとまたいつもの笑顔に戻るだろう。
そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます