第262話「元ホストへ人生相談」

「店長〜っ、これマジで全部ブーケにすんですか?」



薔薇は店の通路にまで置かれた大量の花々を見て情けない声をあげた。



「そうだけど何か?いやぁ、ちょっと知り合いが捌ききれなかった分を引き受けたんでね。こういうのも助け合いっていうでしょ。ここで売った恩もいつか巡り巡って何かの形で返ってくるわよ」



「気の長い話だな…で、結局それ捌くの俺なんだから」



目の前にはまだまだ水揚げすらされていない花々が待っている。


それをこれからサービス花として全部ブーケに選り分けて個別に包装しなくてはならない。

それを見ただけで、思わず唸る程うんざりする。


その時だった。

店先に怪しい人影がフラフラとした危うい足取りで入り口にやって来たのは。




「誰よ。まだ開店前のクソ忙しい時に…」




口の悪い縞子はそれを見て軽く舌打ちする。

しかし薔薇の方はじっと目を凝らしてその怪しげな人物を観察し始める。




「ん?…何かあの頭がやけにモコついたシルエット、見た事があるような」



「何よ。あんたの知り合い?」



「……十中八九」



薔薇は頭をガリガリ掻きながら入り口へ向かった。




「よぉ。久しぶりだな。耕平くん」




「おっ……あ、あ…うん。久しぶり。そ…いや、義兄さん」




入り口で挙動不審な素振りでウロウロしていたのは笹島だった。

実際に会うのは数ヶ月ぶりになる。


相変わらずのアフロに薔薇は笑顔を浮かべる。




「薔薇でいいって。タメなんだし。それより久しぶりだな。那由多は元気?」



「うん。それはもう。義姉さんたちはもう和菓子屋の二階に転居して今は同居はしてないけど、毎日晩飯は食いに実家に来てるよ」



「へぇ、そいつは良かった。つか、近いうちにそっちに顔出しに行こうと思ってたんだぜ」



「あ、それは来てよ。姪っ子めっちゃ可愛いから。来てくれたらきっと義姉さんも喜ぶよ」



「ん。そだな。俺の方も色々と報告もあるしさ。それよりこっちには何の用で来たんだ?珍しいよな。耕平くんの方から来るなんてよ」



すると笹島は急にモジモジと身体を揺らし始めた。

どうやら自分に話があるようだ。

一体何の用があるのかはわからないが、いまは店の開店準備がある。


試しに縞子の方をチラ見すると、縞子は2階を指差した。

どうやら話す時間をくれるらしい。



「耕平くん。二階で話すか」



「え、いいんすか?」



笹島が弾かれたように顔を上げる。

やはり何か話したい事があるようだ。

そう確信した薔薇は笹島を2階へ案内した。


ここは以前、あづ紗に突然告白され、付き合う事になった部屋だ。

だからなのか、この部屋に入ると薔薇の心はその時の光景が甦り、仄かに温かくなる。



「そこ、適当に座って。コーヒーでいいか?」



「いえ、お構いなく…」




「そんな緊張すんなって。それに敬語もいらねーし。もう親戚になったんだし普通にしろよ」



「そう言うなら…うん」



笹島は落ち着かない様子でキョロキョロと部屋を見回している。


薔薇はテーブルにインスタントのコーヒーを置くと、向かい側に座った。



「あ。ども。何か薔薇くん、雰囲気変わったっすね。前よりその…優しくなったっていうか」



「え、そう見えるか?まぁ、そう言われたそうかもしれないな。俺さ、彼女出来たんだ」



「そうなんすか?確か特定の彼女は作らないっす言ってたっすよね」




「ま…そうだな。俺もずっとそのつもりだったけどさ、更紗の結婚で何か吹っ切れた感じでさ。前に進まないとなって思ったんだよ」




すると笹島は自分の事のように喜んだ。




「良かったっすね。おめでとうございます。だからあまり威圧感がなかったっすか」




「何なんだよそれは。怖かったんなら最初から言えよな」




「言えないっすよ。そんな大惨事を招くような地雷発言!」



「はははっ。まぁそうだよな。あの頃は確かにギスギスしてたわ。改めてその辺は詫びる。すまなかったな」



「いや、そんな謝る事じゃないっす!」



笹島は立ち上がってオタオタするばかりだ。

しかし本当にあの頃の自分はどうしようもない人間だったのだ。


行き場のない更紗への想いや、生活に困り、ホストになった事や、義兄に強要されて犯罪に手を染めそうになった事で精神的にも相当参っていた。


それが今はこんなに穏やかな毎日になるとは思っていなかった。



「そういえば、耕平くんよぉ。ここにはただ雑談する為に来たってワケじゃないんだろ?」



「あ…まぁ」




すると笹島は急に黙ってしまった。




「何か相談でもあんの?一応聞いてやるよ。ここで売った恩が巡り巡って返ってくるって言うからよ」



「何すか、それ」




「何でもねーよ。で、何だよ相談は」




「いやぁ…その……友達の話なんすけどぉ」




(出たな…その遠回しな他人の悩みに見せかけた自分の悩み相談)




薔薇は内心そんな事を思ったが、ここはそれに乗っかる事にした。




「へ…へぇ。友達ね。で、その友達がどうしたんだよ」




足を組み、わざとらしく口笛を吹きながら相手の次の出方を待つ。




「……その友達が彼女に言われたんすよ」




「何をだよ」





薔薇は唾を飲み込んだ。




「距離を置きたいって……これどういう意味っすかね?」




「…俺なら自然消滅を視野に入れたフェードアウトだと思うけど?」




「わぁぁぁぁぁん!」




すると一気に笹島が机に身を投げ出し、泣き崩れた。




「ちょっと…おい、俺は男の慰め方なんて守備範囲外なんだけど!」




どうやら本当に何かあったらしい。

薔薇は頭を抱えたくなった。















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