第258話「更紗vsあづ紗」
「距離を置きたいって一体どういう事だよ」
「そんなの俺が聞きたいよ」
笹島はただメソメソと机に突っ伏して泣き崩れている。
つい先日までは順調な交際をしていると思っていた。
一体この僅かな時間に何があったというのだろう。
「なぁ、よく考えてみろよ。絶対何かあったはずだぞ」
「そうは言っても、全然心当たりがないもん」
夕陽も困ったように天井を仰いだ。
乙女乃怜は何故急に笹島と距離を置きたいと言ったのだろうか。
単純に心変わりしたというのだろうか。
それとも、もっと別の事情があるのだろうか。
本人に聞いてみない事にはわからないのだが、聞き出そうにも笹島のメンタルがそれどころではなさそうだ。
「うーん。みなみにでも聞いてもらうしか俺に出来そうな事はないなぁ」
夕陽はスマホを眺めながらため息を吐いた。
☆☆☆
「これって、ピンクのリンドウ?」
あづ紗がバケツの中から一輪の花を持ち上げ、薔薇に見せる。
「あー、これはグラジオラスっていうの。ちなみにリンドウはこっちね。紫色のヤツ。コイツが入荷されてるって事はそろそろ秋だねぇ」
花屋のバックヤードでは、薔薇とあづ紗が楽しそうに雑談をしながら花の選別をしていた。
余計な枝葉を落とし、水を張ったバケツに綺麗に並べる。
単純な作業だが、大切な商品でもある為、気は抜けない。
「ソウビは沢山の花の名前を知ってるんだね。凄いね」
「そんな凄くないよ。まだ知ってて当然な花とか名前出て来ない時があってさ、お客さんの前で上手く説明出来なくて、後から店長にここに連れ込まれてボコられる」
「えー、それ本当?店長さん、優しいよ?」
「あづ紗は真の店長を知らないから、そんな事が言えるんだよ。店長を怒らせたらマジで……」
薔薇が身振り手振りでいかに店長の縞子が怖いか説明しようとした時だった。
何やら笑いを堪えるように、あづ紗が薔薇の後ろを指差している。
「マジで何だって?薔薇」
「いや、マジで鬼………あ、て…店長!?いや…その……今日も塩顔美人っすね♡」
「ズビシっ!」…と、鋭い音を立てて縞子の踵が薔薇の頭頂部に炸裂した。
「あだだだっ!痛っ〜っ。店長。暴力反対。暴力では何も解決しません」
「あら残念だね。あたしの場合、チートだからこれで何でも解決しちゃうの♡」
「ひでぇ……」
「大丈夫?ソウビ…」
あづ紗が薔薇の頭を優しく撫でる。
それを見た縞子は鼻を鳴らした。
「全く、お前らときたら新婚かよ。あ、そうそう。薔薇、お前に客だよ。店先で待たせてるから早く行きな」
「え?俺に客ですか。花屋で指名もないだろうし、誰だろうな」
薔薇は頭を摩りながら立ち上がる。
「早く行きな。いつまでも客を待たせるんじゃないよ」
「あー。はいはい。あづ紗、ちょっと待っててな。すぐ戻るよ」
「うん。わかった」
あづ紗に断って薔薇は店の方へ顔を出す。
すると見知ったシルエットの後ろ姿が目に入った。
薔薇の鼓動が跳ね上がる。
その人物はこちらへゆっくりと振り返る。
「元気だった?薔薇」
「さ……更紗?」
そこには久しぶりに直で見る森さらさが立っていた。
☆☆☆
「本当に久しぶりよね。最後に会ったのって確か去年の事だから、一年くらい会ってないんじゃない?」
二階の事務所で改めてさらさとお茶をする事になった薔薇は緊張した顔つきで隣に座るあづ紗を見た。
当然だろう。
自分とさらさが姉弟だった話はまだしていなかったのだから。
急に事務所の大先輩が店にやって来たのだ。
緊張もするだろう。
「あ…あぁ。そうそう。姉さん。結婚おめでとう。いきなりでびっくりしたよ」
「ごめんね。驚かせちゃって。あの時は私も結婚までするつもりはなかったの。自分でも驚いてる」
「えー、マジかよ。勢いで一緒になって大丈夫なのか?」
「ふふふ。心配してくれてるの?ありがとう。でも大丈夫よ。今度、夫にも会わせてあげる」
そう言ってさらさは左手の薬指に光るリングをそっと撫でた。
「別に会いたくねーよ」
急に面白くなくなって、薔薇は顔を背ける。
それは嫉妬ではなく、単に姉を取られた弟の寂しさだ。
今なら自分でもそれがわかる。
自分はさらさを姉として慕っていたのだ。
「相変わらず可愛くないなぁ。それより、隣の子、そろそろ紹介しないの?その子、ウチの後輩でしょ?色々気になるんですけど」
そう言ってさらさは、薔薇の隣でガチガチになっているあづ紗に視線を向けた。
「あ、いけね…。悪かったな。あづ紗、こっちはもう知ってると思うけど、トロピカルエースの森さらさ。本名は伏見更紗だっけ?前は親同士の結婚で姉弟だったんだけど、今は離婚してるから元姉弟って事かな」
「あの…初めまして。北河あづ紗です。まさかソウビさんが森さんと姉弟だったなんて驚きました」
あづ紗は辿々しく挨拶をする。
どうやら同じ事務所に所属しながら、初対面だったようだ。
「で、更紗。あの…何て言うかその………えーと……彼女…北河あづ紗さんと今付き合ってる」
言いにくそうに薔薇がようやくあづ紗を彼女として紹介すると、やはりさらさの表情が変わった。
「ええええっ?あんたいくつ違うと思ってんのよ。その子まだ高校生くらいでしょ?遊ぶならウチの事務所の子は止めてよ」
「更紗、落ち着いて。遊びじゃないよ。今回は本気で付き合いたいと思ってる」
さらさは信じられないという顔で二人を交互に見ている。
「本当なんです。森さん。私、ずっと男の人が苦手で、悩んできたんですけどソウビさんのお陰で少しずつ改善されてきました。ドラマの撮影が無事に終わったのも彼のお陰なんです。だからこれからは私も彼を支えていきたいなって思って…」
「……北河さん。でもあなたデビュー前の大事な時期なんじゃないの?あまり言いたくはないけど、薔薇のこれまでの素行は決して褒められるようなものではなかったわ。何日も女の子の家を渡り歩いて帰って来なかったり、たまに街で会えば、かなり年の離れた大人の女性にペットのように連れ回されてたりね。だから心配なの」
薔薇は唇を噛み締めた。
確かにあの頃の自分はどうかしていた。
叶わない更紗への想いや、義理の兄からの圧力や暴力で傷ついた心を他の女性で癒していたようなものだ。
それがどれだけ不義理な事だったのか、今ならわかる。
あづ紗はそっと薔薇の手を握った。
「大丈夫です。これからは私がついてますから。もう寂しい思いはさせないって約束したんです。ねぇ、ソウビさん?」
「あづ紗……」
薔薇は俯いて、込み上げる何かを抑えるのに必死だった。
するとさらさがため息を吐いた。
「もう。しょうがないなぁ。私も約束したのよね。無条件であんたの夢を応援するって。でも絶対大切にしなさいよ?一回寝てポイ捨てとかしたらお姉ちゃん、容赦しないから」
「いやいや、しないって!何でそんな重い事言うんだよ。引くって…」
「はぁ。それにしても久しぶりに会ったらあんたに彼女がいたなんて、びっくりしたわよ。それもウチの後輩だなんてね。一体どうやって二人は知り合ったの?」
「いや、俺も更紗がどうやって演歌歌手なんかと知り合ったのか聞きたいよ」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、順番に話してみる?」
「そうだな。あづ紗もあの出会いの事、話していいか?」
「うん。いいよ」
こうして三人はそれぞれのパートナーの出会いを話し合った。
限竜との出会いがまさかのマッチングアプリだったと告白した時の薔薇の動揺が一番激しかった。
その後限竜が失踪し、再会した勢いでさらさからプロポーズしたという辺りになると、あづ紗が何故かそれに感動し、泣き出してしまった。
こうなるまでに色々な事があったが、お互い幸せを実感出来るようになった事を喜び合えた素敵な一日になった。
一応、260話までで予約投稿ストック消化されるので、それ以降の睦月編は少しゆったりペースの更新になりそうです。
時間取れればストック作れそうですが、まだスケジュールがどうなるかわからないので…。
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