第243話「先生はきっと…」
「やっほー。レンレン。お見舞いに来たよー」
「どうも。ハセショ先生。大分顔色も良くなったね〜」
翌日は檜佐木と限竜、さらさが見舞いにやって来た。
限竜の方は今日はさらさが横にいる手前、いつものオネエ口調は鳴りを潜め、実に大人しい。
「檜佐木、お前また来たのか…」
翔は早速檜佐木に向かって舌打ちした。
手元には何か曲を作っていたのか、五線紙に何か書き込んでいる最中のようだった。
「ねぇ、紘太。何か支倉翔っていつもと雰囲気違うわね」
「あー、センセはこっちのがデフォだから。慣れると話しやすいし。可愛いよ?」
「紘太てめぇ。今日死にたいか?」
翔はガラの悪そうな凄みを効かせて睨んできた。
だがすぐにさらさに気付いて、黒縁の眼鏡を外し、頭を下げた。
「……あ、あのスミマセン。伏見更紗さん。喜多浦さんとの一件ではお世話になりました」
「いえ。私は何も…。ていうか、今度はもの凄く硬いというか…真面目ね」
「あー、レンレンはいいトコのお坊ちゃんだからね〜。厳しく育てられてっから根っこはガチガチな真面目っ子なんだよ。しかも世間知らず」
「檜佐木。お前も黙れや」
翔は檜佐木に枕を投げつけたが、すぐに腹をおさえて悶絶する。
「もう無理しないで。あ、陽菜は来てないんですか?」
すぐにさらさが駆け寄り、ベッドに翔を横たえた。
「ええ。ちょっと今日の夜、マスコミに向けて事務所から僕の怪我の事とか彼女との交際の事とか色々発表あるんですが、その中で前に撮ったドラマの事でちょっと事実確認と今後についての打ち合わせがあるようなんです」
「あー、放送前にリアルカップルになってんだもんね。それはファンからすると見たくないってコもいるか」
限竜はウンウンと頷いている。
確かに翔も陽菜も多くのファンは若い世代が中心である。
夜の一報には二人の交際の事実ついても触れられる為、今後が心配になる。
「…そんなワケで、今日は多分こっちには来られないかと……」
「来たよ!」
「は?陽菜?何でだよ?」
そこまで翔が言った時だった。
病室の扉から勢いよく陽菜が躍り出て来た。
余程急いできたのか、額には薄っすら汗が滲んでいる。
「だって、今日更紗達がお見舞い行くっと内藤さんから聞いたら、私は我慢して仕事してるのに更紗達だけ蓮に会うのズルいって思って……」
「おー、早速愛されてるねぇ、レンレン♡」
檜佐木が肘で翔の腕を突く。
「……あのなぁ。昨日もお前が寝落ちするまで電話しただろ。あれがバレて見回りの看護師さんに怒られるし、思っきし笑われるし…」
「やーマジでラブラブな事。あ。そういえばレンレン「あれ」は使ったん?」
その檜佐木の視線は何故か翔の枕元に注がれている。
すぐに察した翔は檜佐木を睨んだ。
「使わねーよ!すぐどうこうならねーし。大体お前手が早過ぎんだよ。僕に初めて会った時もその日のうちに乗っかったきたし」
「えーっ、その話、詳しく聞きたい♡」
それを聞いた限竜は急に瞳を輝かせて身を乗り出して来た。
「ちょっと紘太っ!」
すると翔は鼻を鳴らして檜佐木を汚物を見るような目つきで見上げた。
「コイツ、僕を女だと思ってたみたいで、会った早々、自分の家に誘って来たんだよ。そしたらやたら甘くてエグいくらいキツい酒飲ませて押し倒して来た」
「うーわー。それ軽く犯罪じゃないですか」
陽菜が軽蔑するように檜佐木から目を逸らした。
「いやちょっと待ってよ。あれは最初は冗談のようなもので、凄い美少女が動画サイトに次々神曲アップしてるっていうから、曲は本物かもしれないけど、どうせ加工してんだろうと思って会ってみたら、マジもんの美少女じゃん。で、試しに家に誘ったらあっさりOKするし、あ、この子は頭も身体も緩いコなんだなーと思ったから速攻お持ち帰りしたの!」
「言えば言う程、鬼畜の所業だよな」
翔が吐き捨てるように言う。
「へぇ、でも男の子ってわかって萎えちゃったと?」
「いや、俺、レンレンだったら余裕で抱けちゃうけど?」
「キショっ!止めろ!聞きたくなかった」
「え、でもあん時、冷静に考えてもマジ全然いけたわ。あれは惜しい事したな」
檜佐木はユルっとした顔でとんでもない爆弾発言を投下した。
「それはダメ!ダメですからね!檜佐木さん。それは絶対にダメ!」
陽菜が翔を守るように立ち塞がる。
「いやいや大丈夫だから。そんな怖い顔しないでよ。陽菜ちゃん。今は手近なトコで済まそうなんて思ってないから♡」
「もういい。聞きたくない」
翔はそのままベッドに仰向けになった。
☆☆☆
「それにしても、陽菜。良かったわね。おめでとう。これで一十先生から卒業出来そう?」
少し落ち着いて、さらさは陽菜と一緒に花瓶の水を換えに病室から出ていた。
「うーん。そうだね。でもちょっと寂しいかな。中学の時から追いかけてた人だったし、最初で最後の人って決めてたし」
「…もぅ。あんたは」
さらさは陽菜の方を見ずに丁寧に花瓶を洗うと、布巾で拭っていく。
「でも、やっぱり先生と蓮じゃドキドキの種類が違ってた」
「え?」
「一度だけね、先生とキスした事があったの。あの時は凄く安心した。好きってこういう感じなんだって思った。だけど蓮とのキスは全然違った。もう落ち着かなくてわけのわからない感情が暴れ出すの」
「陽菜……」
「先生はさ、きっと奥さんと別れると思う。だけどその時選ぶ相手は私じゃない」
そう言って陽菜は窓の外を見上げた。
連日降り続いた雨はすっかり止んでいた。
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