第244話「キミと朝を迎えたい」
「なー。支倉翔と喜多浦陽菜、真剣交際だってよ。正に美男美女カップルってヤツじゃん…」
佐久間はネットのニュースを眺めながら焼きそばを啜る。
「最近芸能人のこういうニュース多いよな。しかもトロエーなんて森さら結婚したし。その上、一番人気の喜多浦陽菜まで熱愛って…」
三輪は自分の食器を下げてくると、食後の缶ミルクコーヒーを美味そうに啜った。
過剰なまでに高められた糖分たっぷりな液体が身体に染み渡っていくのを感じる。
「でもさ、テレビでも見たんだけど支倉翔って陽菜ちをストーカー野郎から庇って怪我したっていうじゃん。それはマジ凄いなって思ったわ。俺なら無理だし」
「だよな。いくらなんでも、それで死にたくないよな」
そこで二人は沈黙した。
「俺らってそこがモテない理由なのかもな」
「……言うな」
☆☆☆
「マジで降板正式に決まった…。しかも新しい琴音役が、ウチのとこの北河あづ紗って、ダメだろ」
病室で点滴を受けながら翔が電話で誰かに怒鳴りつけている。
「北河あづ紗って誰です?ユメカじゃなくて?」
「あー。今新人二人預かってるって言ったよな。その一人はユメカで、もう一人がその北河あづ紗。どっちも僕が曲作ってんの。言っておくが、何もやましい関係じゃないから」
「わかってるよ。私が聞きたいのは何でその子はダメなのって事」
すると翔はため息を吐いてスマホを机に置いた。
「いや、北河はすごい男性恐怖症で、少し触られたくらいでゲロしちまうくらい酷いんだよな。だから恋愛モノの演技なんて無理だろう。こっちだって苦労してんだよ。まぁ、僕は男の範囲に入らないみたいで割と普通に話せるけど」
「そうなんだ……それは大変そうだね。そもそもよくそんな人がこの世界に入れたというか…だよね。この世界って結構昔ながらの非常識だったり不条理な事も罷り通ってますからね」
「まぁなー。それを伝統とか文化で片付けんのは良くないよな。って真面目に語っちまったよ。それよりこの後予定あんだろ?」
陽菜はベッドの横にある時計を見た。
「まだ大丈夫。それに仕事じゃなくて、みなみとショッピングだから少しくらい遅れても平気」
「グループ内で仲良いんだな」
翔は仕事の書類の束とタブレット端末を片付ける。
「うん。前はバラバラでとてもプライベートまで一緒になんて思えなかったけどね。最近は色々話したりするよ」
すると翔は陽菜にカード状の何かを差し出して来た。
「ん?何。どうしたのこれ」
「カード。これで何でも買えば?」
すると陽菜が柳眉を吊り上げて翔に迫る。
それはクレジットカードだった。
しかも限度額のないタイプの。
「ちょっと蓮、これは何のつもりかな?」
「何のって、いや必要じゃん?」
本当に陽菜の言ってる意味がわからないのか、翔は困惑気味に首を傾げている。
「もしかして蓮、付き合ってた女の子にカード持たせてたの?」
「そうだけど?それが何かあんのか」
「あるに決まってるでしょ!蓮のお父さんがロクな女に捕まってとか、檜佐木先生が世間知らずとか言ってたのが今わかった!蓮、絶対その歴代の彼女さん達に財布だと思われてたよ」
「え、そりゃ何となくわかってたよ。でもカード持たせる事が男の愛情表現だとか言われたらそうなのかって……て、何でそこで陽菜が怒るんだよ…」
「怒るに決まってるでしょ!頭良いくせにそういうとこバカだよね。ホント…バカ」
陽菜は翔に抱きついた。
「好きな人と付き合うのに、そんなもの要らないの。本当に好きならその人がいるだけで全部満たされるんだから」
「………お前は心が綺麗過ぎて困るな。世の中にはそれじゃ割り切れない男女だっているんだよ。でも、確かに僕達には必要ないか」
翔はカードを仕舞うと、そっと陽菜と唇を合わせた。
「私、やっぱり一緒に暮らす」
「え?それホント?」
深いキスの合間に陽菜がコクンと頷いた。
「…うん。私が全部やってあげる。お家の事も、その無謀な金銭感覚も治してあげるから」
「……お…おぅ。何かちょっと想像してたのと方向違う気がするけど嬉しいよ」
「ところで、そのカード、ご両親とかのじゃないよね?」
翔にしがみつきながら陽菜が耳元でボソリと言う。
翔はため息を吐いた。
「心外だな。というか信用ないなぁ。僕はちゃんと自活出来てる。知らないのか?自分の活動もあるけど、ボイトレもやってるし、アイドルのセルフプロデュースもしている。で、他にもCMやドラマのBGMもいくつか提供してる。今のスマホの新機種のCMとソーダ水のCMあれも僕が作ってんだぜ。もう寝る暇もないくらい忙しくしてる」
「えー、嘘っ。あれ蓮の曲だったの?」
「そだよ。目ぼしいBGMの外注なんてほとんど手ぇ出してる。今も入院中に締切あるバラエティー番組の外注二本送信した」
「うわっ、仕事の鬼ですね。入院中くらいしっかり休んでください」
「そうは言っても暇な時間を作りたくないからな。大体ぼーっとしてても何か頭の中は考えてる」
そう言って翔は笑った。
本当に音楽を作るのが好きなのだろう。
「でも、それとこれとは別だよ。無駄遣いはダメ!蓮、車とかも好きそうだよね。車庫に二台あったし」
「……何?もう尻に敷くつもりか」
「ふふふ。蓮って結構敷きやすいかもね♡」
「勘弁してくれよ。でもさ、思うんだ…」
「何を?」
翔は少し頬を染めて陽菜の方を見た。
「あの時はお前の為にこの命を使いたい…それが一番の望みだったけど、今はお前と一緒に朝を迎えたい。そう思えるようになった。どうしてだろうな…」
「バカだね。蓮は。命なんて懸けないでよ。ずっと側にいてよ。もう二度と離れないで」
その時翔が浮かべた笑顔を陽菜はずっと忘れる事はなかった。
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