第242話「多分、ボクの彼女は日本で一番可愛い」

「陽菜、毎日来なくてもいいよ。家族だってもう来てないんだし」



あれから陽菜は毎日にように翔の病室へ来ていた。

どんなに忙しくても、必ず来ていた。


陽菜は剥いたリンゴを翔の口へ突っ込むと唇を尖らせた。



「何、嫌なの?」



「嫌じゃないよ。ただそっちも仕事あるし忙しいだろって話。そんな怖い顔すんなよ。……あ。このリンゴ、手袋しないで剥いた?」



「え、もしかして蓮ってそういうのダメな人?」



「いや、これが陽菜の指の味なのかって考えたら……って痛っ!急に叩くな。傷が痛むって!」




「バカっ!キモい事言わないでよ」



枕で翔をポスポス叩く。

翔は陽菜の頭を撫でた。




「まぁ、あの先生はそんな事言わないよなぁ」



「…………嫉妬?」



「そうだなー。まぁ、するよ。それなりに。でも前よりはマシな気分」




一十はまだNYから帰って来ない。

一応この顛末をざっくり説明はしたものの、まだ戻れないとの事だ。


なので心配した翔は自分の実家から陽菜を通わせていた。

少なくとも実家の方が安心して陽菜を預けられる。



「僕の家の居心地はどうだ?何か不自由があれば…」



「大丈夫だよ。蓮のご家族皆いい人ばかりだし。それにね、今蓮の部屋で寝てるんだ」



「え、あのつまらねー部屋に?」



「別につまらなくないけどな。私は図書館みたいで面白いけど」



「図書館…」



蓮は思わず頭を抱えた。



「あの部屋に女子とか呼んだ事なかったけど、確かにあれは引くよな…」



「もういいじゃない。私がいいっていうんだから」



陽菜は笑ってリンゴの乗った皿を翔に渡した。




「ねぇ、退院はいつなの?」



「二週間後。検査で異常がなければ。元々身体だけは頑丈だから余裕でパス出来るだろうな」



そう言って翔は笑い、すぐに腹部の痛みでくの字になる。



「もう無理しないでよね。だったら退院祝いは何がいい?何でも言ってください。あ、エッチなやつはダメですからね」



陽菜はキラキラした瞳でこちらを見てくる。



「……だったら一緒に住みたい。陽菜、僕の家に来てよ♡」



女の子のように甘い声で囁かれて、陽菜は思わず飛び退いた。




「あ。う…っ。それはいつかそうしたいと思ってたけど、何で…」



「ずっと一緒がいいから」



「何でそんな可愛い事言うんですか〜。もう檜佐木さんとかだったら絶対キモくて無理だけど、蓮が言うと全然違うね」



その頃、檜佐木がスタジオで盛大なくしゃみをしていた。




「ま。考えておいて。別に今すぐでなくていいから」



「うん。わかった」




陽菜は嬉しそうに微笑む。

まさかあの事件からこんな日が訪れるとは思わなかった。



「それにしても蓮って東大受かったんだね。ご家族から聞いたよ。凄い頭いいんだ」



「……結局一日も行かなかったけどな。でも多少ランクは落ちるけどあれから他の大学に入り直して卒業はしたんだぞ?」



「そうなんだ。蓮はやっぱり真面目だよね」



「全然褒めてないよな。それよりお前の両親ってどこにいんの?」



「え、どうして?」



その話題が出た瞬間、陽菜は表情を硬くした。

それを見て翔は何となくだが、あまり深く立ち入っては不味い話題だと悟った。



「あー、いや。別に話したくないならいいんだ。ちょっと挨拶出来たらなって思っただけで。僕は陽菜とは長く付き合っていきたいと思ってるから」



すると陽菜は少しだけ戸惑うように視線を彷徨わせたが、すぐに顔を上げた。



「両親は長崎にいます。私、中学生の時に家を出てから一度も帰ってないの」



「…マジか。うーん。何か事情があるみたいだし、今はいいや。お前が僕を信用できるパートナーだと認めた時にでも話してくれ」



本当は聞きたい事は沢山あった。

一十はその事情を知ってるのか。

何故中学生で家を出たのか。

だけど、今は言えなかった。



 

「ごめんなさい」




「いや、いいって。謝るなよ。別に付き合ってるからって相手の事、全部知ってないと気が済まないとか全然ないから」



「うん…。でもごめんね。本当に私、両親の事はダメで…今も思い出すだけで手や足が痺れたように動かなくなるの」



すると翔は陽菜を抱き寄せた。

彼は病院のパジャマを嫌い、身体のラインが出にくいダボダボのジャージを着ている。

少し下ろされたファスナーから所々包帯とガーゼに包まれた肌が見えた。



「無理するな。何も考えない方がいい。いいな」



「うん。でもいつかは会わないといけないと思う。その時は蓮、ついて来てくれる?」



「あぁ。わかった。一緒に行くよ」




「……うん」




陽菜は首を伸ばして翔に軽くキスをした。



「じゃあ。また来るね」



「あぁ。待ってるよ」




そして陽菜は帰って行った。



「あぁぁっ。帰したくなかったぁぁぁっ!あいつ今の日本で一番可愛いんじゃないの?何だよあの上目遣い。もう一回殺すつもりかってくらいキてた」



陽菜が帰ってから、翔は一人で彼女の可愛さに悶えていた。

それと同時に腹部に猛烈な痛みが走り、医師から盛大に叱られる事になる。

















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