第239話
陽菜は翔の家族と病院の食堂で遅い夕飯を摂った。
摂ったといっても、全然食欲は湧かず、スープを無理矢理流し込んだだけが精一杯だった。
手術室のランプはまだ点灯しており、中で翔が戦っているのだと思うと胸が潰れそうになった。
いつ、中から医師が出て来て、最悪な宣告をしないかと怖かった。
「喜多浦さん、少しいいかな。話しておきたい事があるんでね」
向かい側で食事をしていた貴司は、側近に何か指示を出した後、陽菜に外へ出るよう促した。
「はい…今、行きます」
一体何を言われるのだろう。
多分翔の父親は自分との交際を認めていないのだろう。
最悪な話、もうこれで彼とは会えないかもしれない。
陽菜は悲壮な覚悟で貴司の後に続いた。
「済まないね。息子が」
「いえ…あ、ありがとうございます」
病院の外にあるベンチに座ると、貴司が温かいカフェオレを渡して来た。
ありがたく頂くと、少しお腹が落ち着いた。
「蓮が搬送されて、こんな不安な夜を迎えるのは二度目なんだよ」
「えっ、それはどういう事ですか?」
思わず陽菜はベンチから立ち上がる。
貴司は辛そうに目を伏せた。
「大学の入学式を前日に控えた夜、蓮は自殺未遂を起こして病院に搬送されたんだよ」
「!」
「最も、発見も早かったし、飲んだ薬の量も少なく、ほとんど吐いていたからね。深刻な大事には至らなかった」
陽菜は口元を覆って声を堪えた。
「あの子は私の期待に応えようと必死だった。それを私は知らずに当然のように考え、追い詰めてしまった。私はね、ずっとその事を悔やんでいた。もう二度とこんな事がないようにね。しかし私はまたやってしまった」
「それは違います。全部私が悪いんです。蓮さんは私を庇って……」
尚も言い募ろうとした陽菜を貴司は片手で制した。
「君は何も悪くないし、責を負う必要もない。悪いのは私なのだから。もうあの子に干渉するまいとしながら、また口を出したのは私だ」
貴司は陽菜に深々と頭を下げた。
「えっ?あの…」
「喜多浦さん。本当に済まなかった。貴女はきっとこれまで息子に近付いてきた女性たちとは違うのだろう。だからどうかあの子の側についていてやって欲しい」
地面に膝をついて貴司は陽菜にそう懇願した。
現職の議員でありながら、恥も外聞も捨てた行為はあまりに衝撃的だった。
「神崎さん……立ってください。私、ずっと側にいますから」
陽菜にはこの人が本当に子供を愛しているのだとわかった。
少しそのやり方を間違えただけなのだ。
ただお互い真面目過ぎてすれ違ってしまっただけだ。
陽菜は貴司の手を両手で握った。
「私も蓮さんが好きなんです」
貴司はありがとう、すまないと言って陽菜の手を握り返した。
大きなその手は小刻みに震えていた。
「陽菜っ…!」
その時だった。
病院の入り口に一台の車が停まり、中からさらさと限竜が出て来た。
さらさは陽菜に駆け寄ると、真っ先に抱き締めた。
「陽菜っ。辛かったね。頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「更紗っ……」
すると陽菜の瞳から再び涙が溢れ出した。
さらさの温もりに心が溶け出したように。
「陽菜ち。大丈夫?無理しないで」
限竜が陽菜の背にショールを掛けた。
「陽菜。今日はもう遅いから一旦帰りましょう。今、一十先生はNYにいるのよね。だからウチに来て。一緒に眠りましょう?」
「でもっ…」
陽菜はもどかしそうに唇を噛んだ。
先程、蓮の父親に側にいると言ったばかりなのだ。
だが、貴司は優しく陽菜に笑いかけた。
「今日はゆっくり休んだ方がいい。大丈夫。何かあればすぐに連絡するから」
「……わかりました」
陽菜は足を引き摺るように車に乗り込む。
さらさは陽菜と後部座席に座り、限竜は貴司に一礼すると、車を動かした。
☆☆☆
「その……いいの?更紗のところ、まだ新婚なのに」
二人の新居…といっても元々さらさが住んでいるマンションなのだが…へ向かう中、陽菜は遠慮がちにそう尋ねた。
「別に構わないけど?あ、紘太ならどうせ部屋の隅っこ与えたら、喜んでそこで寝るから安心してね。あいつ、やたら隅っこばかりに集りたがる奇人だから」
「仮にも夫になんて言いようだよ。ま、隅っこ落ち着くからいいけど」
「…貴方たち夫婦って特殊よね?」
陽菜はようやく強張った表情を緩める事が出来た。
陽菜はその後二人の家へ行き、お風呂に入った。
病院でもシャワーはしたが、やはり湯船に浸かるとホッとする。
翔は今頃どうなっているのだろう。
それを考えると居ても立っても居られない。
その時だった。
スマホを持ったさらさが浴室に駆け込んできた。
「陽菜っ!支倉さん、たった今手術が終わって意識戻ったって。一命は取り留めたそうよ」
「本当に?すぐ行かなくちゃ」
ザバァっと音を立てて、陽菜が勢いよく風呂から飛び出した。
途中で限竜が悲鳴をあげる。
「ちょっと焦るのはわかるけど、あんた服くらい着なさいよぉ」
何故かオネエ口調で限竜は自分が着ていたパーカーを陽菜に掛けた。
「そうよ。陽菜。びっくりしたじゃない。危険よ」
「もぉ、ホント相手があたしで良かったわよね〜♡」
「あんたはノーマルだろうが!」
さらさの強烈な蹴りが限竜の腹に決まった。
「まぁ、流石に今日は遅いから明日朝イチで行きましょう?紘太に運転させるから」
「うん…わかった」
「更紗………愛情表現がエグい」
限竜はしばらく床でのたうち回っていた。
陽菜は逸る気持ちを落ち着けるように何度も深呼吸をした。
早く彼に会いたかった。
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