第233話

連日の猛暑で夕陽はみなみにかき氷を作るのが日課となりつつある火曜日のこと。


いつも通り、夕陽はみなみの為に練乳増し増しの氷苺を作っている。

実に甲斐甲斐しい忠犬ぶりである。



「あ、あのね夕陽さん、今週末は両家の顔合わせだから空けといてね。ウチはお母さんだけだけど」



「うん。りょーか……って、はっ、今何て言った?」



いかに美しく映える氷にするかに集中していた夕陽は、思わずトッピングのイチゴを落としてしまった。



「ふぇ?だから顔合わせだよ。昨日夕陽さんのお母さんからウチのお母さんに連絡があったの」



「母さんが?そんなの聞いてないぞ。何でいつも急な思いつきで勝手に決めるんだよウチの家族は」




夕陽は壁のカレンダーを睨む。

今週末というと、もうあまり日数がない。




「それにしても何で来週にしなかったんだよ。確か来週丸一日空いてる日あったよな?」




みなみの大体の二、三週間先のスケジュールは把握している。

それによると、来週の真ん中辺りに丸一日オフがあったはずだ。



「あぁ、それはダメ。だって平日だし、それに紘ちゃんと遊びに行く日だもん」



「はぁっ?まだあの人とつるんでるのか。もうあの人だって森さんと結婚したんだし、あまり二人で会ったりするのは良くないんじゃないのか?」



夕陽は少しムッとして出来たかき氷をみなみの前へ出す。



「えー、別に紘ちゃんとは普通の女子友と同じ感覚だよ?ジム行って、ネイルサロン行って、ピラティスやって、スイーツバイキング行って…」



「それ、最後ので全部台無しにしてるよな。しかし何で両家の挨拶より伏見さん優先なんだよ」



「あー、ヤキモチ発動したー」



「発動しません!…バカバカしい。仕方ないな。こっちにも心の準備があるってのに」



夕陽はスマホを取り出してフリック入力して何かを検索している。

かき氷を口へ運びつつ、みなみが後ろからそれを覗き込む。



「アイドル 結婚 両親紹介 挨拶」



「うわっ、見るなよ!」




「わー、これだからスマホ世代は。何でも検索で片付けようとして。嘆かわしい」




「お前だって世代ど真ん中だろうが!」




「いや、それ検索しても出ないヤツじゃん。別に相手が芸能人でも、プライベートは普通だよ?」




「でもなぁ…」




夕陽はまだ未練がましくスマホを眺めている。


しかし芸能人の親に自分の親を合わせるという特殊なイベントの対処の仕方など当然見当たらない。



「大丈夫だって♡ただ、娘さんを私にください的な事言えばいいじゃん」



「絶対言わねぇ」



「えー、見たかったなぁ。夕陽さんの娘をくれくれ土下座」



みなみは心底がっかりした様子でまた一口かき氷を口へ含む。



「何だよその「くれくれ」って。それにしても今時土下座はないだろう、令和だぞ?」



「でもさぁ。やっぱり夕陽さんにはそのくらいの覚悟でいてもらわないと」



「随分と上から目線だな…オイ」




夕陽は再びカレンダーを見た。

いよいよ両親に現役アイドル、永瀬みなみとの結婚の意思を伝える時が来たのだ。




「とりあえず気持ちを落ち着かせる為にトイレ掃除でもするか…」




その途端、ガタン…と、みなみがかき氷をひっくり返した。




「夕陽さん、マジエモいわ〜」




「……それ、悪口だよな?」




        ☆☆☆



その頃、陽菜は一十と食事をしていた。



「……一十さん。私、ここを出た方がいいですか?」



「ん、どうして?気まずい?」



口元を上品にナプキンで拭い、一十は穏やかに陽菜を見つめる。



「そうじゃないけど…」



「うん。別にキミがそうしたいというなら構わないんだけど、出来るならそれは完全にキミを任せられると確信出来た時にして欲しいんだ」



一十は続ける。



「今はキミを一人にする事は賛成出来ないな。キミを取り巻く環境はキミが思っている以上に厳しいと思う。だから好きな人の手前、少し後ろめたいだろうけど、今は我慢して」



「……わかりました」



陽菜は食器を片付けようと立ち上がる。

 


「陽菜ちゃん」



その背に一十が声をかける。

陽菜はゆっくりと振り返った。

一十の表情は変わらない穏やかなままだ。

 


「キミは恋をしたんだね」



「………先生」



陽菜の瞳が揺れた。

恋と引き換えにこの人を失う。

それはお互いわかった上の別離。


だけど、これまでこの人と過ごしてきた月日を思うとただ哀しい。




「泣かないで。大丈夫だから。怖がらないで。きっと辛いのは今だけだよ」



「はい…」




陽菜は乱暴に涙を拭うと、食器を洗い出す。

一十の方は立ち上がり、窓の方へ移動する。


そして木製のロールスクリーンを僅かに持ち上げ、外の様子を確認する。




「…………」




下にこちらを向く黒い人影を認め、一十は嘆息した。




「………これはまだまだ厳しいね」























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