第226話
「じゃあさ、向こうから告白されるまで待ってみるっていうのはどうかな?」
「あのメッセージスタンプ事件をやらかした割に今度は随分消極的に出たな。まぁ、無難っちゃ無難だけど、その戦法はあまりオススメしないな」
晴之は苦い顔でその意見を一蹴する。
引き続き、カラオケルームでの告白作戦会議は続いていた。
しかし中々良い案は見つからず、ひたすら無為な時間が過ぎていくばかりだ。
「えー、何でよ?」
「いや、俺も日和ってよくやるんだけど、それ結構失敗するルートなんだよ。待ってる間に相手に彼氏出来てたりして、後から泣きじゃくるパターンな」
陽菜は何故か気の毒そうに晴之を見た。
「そんな目で見ないでくれる?これ結構マジなやつで、特にリアルな恋愛関係は些細なきっかけで一気に進展する事が多いんだよ。だからウカウカと相手の出方を窺っている内に、相手側に別な恋愛が進んでる場合もあるから注意しろ」
「うっ、でもなぁ。今まで告白なんてした事ないし…上手く出来るかな」
陽菜は不安気な顔でソフトドリンクを一口啜った。
これまで陽菜の全てはずっと秋海棠一十だけだった。
それはこれからも変わらないと思っていた。
しかしそれが崩れた今、陽菜は一人で歩き出さないとならない。
随分と遅くなったが、ようやく陽菜は自立しようとしているのだ。
「そういえば、ハセショって、確かまだ一度もスキャンダル抜かれたりしてないよな。上手くやってんのかもしれないし、マジで今、ハセショに女いないの?」
「……多分。家の中見てもそんな気配無かったよ」
陽菜は翔の家の中を思い出してみる。
キッチンにもカップルを想像させる食器は無かったし、着替えを借りた時も女性用の衣類は見当たらなかった。
更にシャワーを借りた時も、歯磨きやシャンプー類に彼女の存在を匂わせるものも無かった。
すると晴之が何故か口を大きく開けてこちらを見ていた。
「な…何なの、そのカピバラ顔は」
「うっせーな。カピバラ顔はデフォだよ。いやそこじゃなくて、陽菜…あいつの家に行ったの?一人で?」
「うん。二回行ったかな。勿論一人。一回目は不可抗力みたいな感じで気がついたら彼の服着せられて寝かされてた♡あの時はびっくりしたなぁ。裸も見られちゃったし」
「なっ…ななななななな……何でそんなサラッととんでもない事カミングアウトすんだよ。大丈夫か?泣いてもいいんだぞ?警察行くか?」
晴之は何故か目に涙を溜めている。
「ちょっと待って。警察ってどうしたの?ねぇ、晴之」
「バカなヤツだな。それを早く言えって。可哀想に陽菜、いきなり身体の関係を強要されて、アイツに脅されてたのか。てっきり普通の恋愛相談だと思ってたけど、言いにくかったんだな?わかった。後の事は俺がどうにかしてやる。だから心配するな」
どうやら晴之は大きな誤解をしているようだ。
察した陽菜の顔が真っ赤になる。
「バカはあんたよ!違うから!そういうんじゃないの」
「そう思いたいのはわかるが、現実を受け入れろ。陽菜。お前、絶対ヤラれてるよ」
「違ーう!あれは私がストーカーに追われていて、蓮はそいつから助けてくれたの」
「え?いきなりまた新キャラ出てきたんですけど。蓮って誰」
「あ、支倉翔の本名」
「…あ、本名で呼び合う仲なん?……って、もうどうなってんだよ。わけわかんねー」
晴之は頭を抱えてソファに沈んだ。
「あの……ちゃんと最初から話すから」
そう言うと、陽菜は翔との出会いから全て晴之に説明した。
☆☆☆
「…………まぁ、その。話聞いてみると結構いいヤツじゃん」
「でしょでしょ?口は悪いのにやってる事は優しくて♡なのに何故か「僕っ子」なのもアンバランスで可愛いよね?」
「それはさっぱりわからんが、まぁそんなに好きならやっぱ自分から行けよ」
事情を聞いた晴之は小さく頷いて自分の膝を
叩いた。
「……大丈夫かな」
「絶対イケるって。まぁ、それでもあっちの事務所がスキャンダルに厳しいのもあるし、現職の議員の息子なら女関係はかなり気を付けてるっぽいから、結構難易度は高いよな」
「もう、持ち上げて落として、結局何が言いたいの?」
頬を膨らませて苛立つ陽菜。
晴之はそんな陽菜の肩を軽く叩いた。
「そんな顔すんなよ。とにかく今は一緒にいる時間を増やしていけ。その中のどっかにきっといい雰囲気になる瞬間はある。そこで告るんだよ。陽菜は黙ってたら可愛いんだし、大丈夫だって」
「黙ってたら告白出来ないよ!」
すると二人はどちらからともなく笑い出した。
「ははははっ。しかし陽菜が俺に恋愛相談するようになるなんてなぁ。確かに昔、そんな事を言ったような気がするけど、まさか現実になるとはなぁ」
「何オヤジのような事言ってるの?カピバラのクセに」
陽菜は晴之に軽く舌を出してやる。
実は陽菜も晴之もお互いがファーストキスの相手だったりする。
勿論仕事の話で、お互いプライベートのキスですら未体験だったので、前日まで緊張して眠れなかった覚えがある。
しかし意外にも撮影は順調で、キスシーンも思ったよりあっさりしていた。
そこからお互いを意識する事もなく、二人は以降ずっと友人関係を築いていた。
唯一異性でありながら、異性を意識しない気楽な相手。
陽菜はそう感じていた。
「カピバラ言うな!あのさ、上手く行くよう祈ってるわ」
「うん。頑張ってみるね」
陽菜は少し照れたように微笑んだ。
「よしよし。んじゃ、しばらくは芸能ニュースをチェックしまくるかな。喜多浦陽菜の初スキャンダルの速報、期待してるわ」
「馬鹿…」
「よーし、作戦会議も終わった事だし、カラオケタイム再開しようぜ。ほら、陽菜。トロエーメドレー歌え」
「ちょっと、気安く頼まないでよ。お金取るからね!」
そう言いつつも、耳に馴染んだイントロについ身体が反応する。
こうして告白作戦会議は幕を閉じた。
上手く彼に想いを伝える事は出来るのだろうか。
陽菜は静かに拳を握りしめていた。
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