第223話

「なぁ…飯食いに行かない?」



単発ドラマの撮影から2週間余りが過ぎ去った七月中旬。

撮影は無事に終わり、今日は月二回のボイトレの日だった。


レッスンは普段と変わらず、翔の態度も特に変わらない。

ただ、翔に対する恋心をはっきり自覚した陽菜だけが一人、落ち着かない気分でいた。



「ふぇ?もしかしてデートのお誘いですか」



「デートぉ?……単純に腹が減ったからであって、別にそんなつもりで言ったんじゃないけど、お前がそう思いたいなら好きにすれば?」



「出た、ナチュラルなツンデレ。寒っ」



「引くな!ツンデレてねーわ。あぁ、あれだよ。最近タバコやめたから、色々きちーの」



そう言って翔は机に突っ伏す。

そういえば、最近レッスンの途中でタバコ休憩に行くのを見かけなくなった。



「あー、蓮。タバコやめたの?何で?偉くない?」



陽菜は瞳を丸くしてこちらへ身を乗り出してきた。



「何でって………そりゃ、やめたくなる理由が出来たんだよ」



翔は突っ伏したままそう答えた。



「だからその理由は?」



「……言いたくない」



「何なのそれ」



陽菜は肩を竦めた。

結構なチェーンスモーカーだった翔がタバコをあっさりやめるとは思っていなかった。


一応何度か陽菜もやめるよう言ったのだが、中々やめる気配もなく、最近ではすっかり諦めていたのに。



「うぅぅあああぁぁっ、やめなきゃ良かった。何でやめるって言ったんだよ。コレ、絶対吸ってた方が健康に良かった。やめてから無駄に食いたくなるし、イライラするし、美味そうにタバコ蒸してるヤツ見ると蹴り倒したくなるし…色々荒んでカオスー。もう限界」



「辛いのはきっと今だけですって。気合いでそれを乗り越えてください。蓮はやれば出来るいい子、いい子♡」




「………誰の為だと思ってんだよ」




「?」




彼が頭を振る度、黒髪にパープルのインナーカラーに染められた髪が机の上に広がる。


陽菜はそんな艶やかな翔の頭を撫でてみた。

すぐに振り払われてしまうかと思ったが、意外にも彼からの抵抗はない。


サラサラした髪は触れると冷房で冷やされたのか少し冷たくて心地よい指感触だ。




「はい。それじゃあ蓮がストレスで禿げちゃわないよう何か食べに行きましょう!私も何かお腹空いてきました。で、どこ行くんですか」



「肉食べたい♡血の滴るレアなやつ」




翔は瞳を輝かせて、乙女心に一切配慮のないエグいメニューを提案してきた。

即座に陽菜の顔が歪められる。



「また可愛い顔して、ハイエナアピール要りませんから。あ、そうだ。私が何か作りましょうか?」



陽菜は腕まくりをするようなジェスチャーで得意げに胸を逸らした。

すると今度は翔が顔を顰める。



「えー、お前何か不器用そうなんだけど…。包丁持たせるの怖いわ」




「失礼ですね!これでも料理歴は長いんですよ」



一十の家に転がり込んでからずっと家事は陽菜の担当だった。

色々面倒なこだわりがある一十の面倒をずっと見てきた陽菜にとって料理など手慣れたものだ。


それにここで彼のポイントを稼ぎたいという算段もあった。


得意料理で彼を驚かせたい。

そんな気持ちで一杯だ。




「えー、今食いたいのに?」



すると陽菜は翔の口にポケットに入っていたロリポップを突っ込む。



「うぐぇ?」



「それまでこれでも食べて小腹を宥めてくださいね。さぁ、食材仕入れて蓮のお家へ行きましょう!」



「……お前、またウチ来るの?色々わかってるようで、実は何もわかってないようだな」



翔はロリポップをパキっと噛み砕き、ため息を吐いた。




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