第220話
「はい!支倉翔さん入りまーす」
スタッフの声と同時に拍手が聞こえる。
陽菜はその声にビクっとしながら、他の共演者たちの話に夢中なフリをしてやり過ごした。
「喜多浦さん、今日はよろしくお願いします♡」
「ひゃい!?」
翔たちの方を見ないようにしていたはずが、いきなり真横からあの独特なハイトーンボイスが聞こえて陽菜は思わず妙な声を出して飛び上がってしまった。
いつの間にか翔が陽菜の目の前まで来ていて、こちらへ挨拶してきたのだ。
別に彼は共演者であり、役柄も恋人同士という事で、何も不自然な事はないのだが、必要以上に彼を意識してしまう。
「あははっ、どうしたの喜多浦ちゃん。単発ドラマの撮影は久しぶりだから緊張しちゃったかな?」
すぐに監督が茶化してその場は何事もなく和んだが、翔の方は何か言いたそうな目でこちらを見ていた。
「じゃあ、エンディングの駅のシーンから行くよ。準備はいいね」
こうして波乱含みの撮影は始まった。
☆☆☆
「はぁ…何やってんだろう」
陽菜は一人、撮影陣のベースを離れ、そっとため息を吐いていた。
撮影は散々だった。
何度もつまらない場面でNGを出してしまい、その度に撮影を中断させてしまった。
普段からの陽菜を知る監督は、絶不調の陽菜にただ首を傾げている。
特に翔との絡みのシーンが酷かった。
全てがぎこちなく、幼馴染の恋人同士の役なのに表情も強張り、どこか余所余所しい。
だけど、どんな自然に振る舞おうと努力してもあの時の翔の拒絶するような顔が浮かんでどうしても身体が思ったように動かなくなる。
「……あ、痛いと思ったら靴擦れしてる。やだなぁもう」
そのままその場に座り込もうとした陽菜は、ふと右足に痛みを感じて足首を確認する。
何度も歩くシーンでNGを出してしまったせいか、サンダルのストラップの部分が擦れて皮が捲れていた。
慣れない靴という事もあり、捲れた部分はヒリヒリ熱を持ったように痛む。
「おぉっ、これは酷いな。取り敢えずこれでも貼っとけ」
すると頭上から声がして、翔がそれを覗き込んできていた。
「わっ……、蓮。何で…」
「演技優等生で通ってる喜多浦陽菜がしょぼい芝居してんじゃねーよ」
「…………だって」
翔は黙って陽菜の足に絆創膏を貼った。
またあの可愛らしいキャラクターものの絆創膏だ。
「これ、前も……」
「何、何か不満でもあんの?」
「ううん。ないです。ありがとう。蓮って可愛いモノ好きだよね」
「うるさいな。偶々だよ。いつもじゃない」
「いつものクセに」
そう言って陽菜は翔の手元にあるポーチを指差した。
そこには可愛いキャラクターもののグッズが溢れていた。
翔は極まり悪そうに呟く。
「……年の離れた妹がいんの。それでいつも持ち歩く癖がついてるんだよ」
「そうなんだ。見てみたいな。妹さん…。蓮に似ているのかな」
陽菜はそっと絆創膏の貼られた足首に触れた。
すると翔は陽菜の額を軽く弾いた。
「…うっ、痛っ!何するんですか。痕残ったら大変なのに」
「そんな強くねーよ。あのさ、前言った事、謝るわ。済まなかった」
「えっ?何の事ですか」
陽菜は顔を上げる。
久しぶりにまともに見る翔の顔に何故か鼓動が煩い。
「都合のいい女って言った事。あれは悪かった。当人同士の問題に部外者の価値観押し付けるもんじゃないよな。忘れて欲しい」
「ううん。違う。蓮の言ってる事はきっと正しい。私はただあの人の優しさを利用しているだけ。私だけがあの優しいモラトリアムの中から抜け出せないでいるんだね」
すると陽菜の頭に軽く手が乗せられる。
「そこまで考えられるって事は、もう自力で立ち上がれるんじゃねーの?」
「………そうかな?」
「あぁ。だからもっと自然にやろうぜ。大丈夫だ。次からはちゃんとやれる」
翔は力強く笑った。
陽菜もいつの間にか笑顔になっていた。
「うん。もう大丈夫だよ。ゴメンね。蓮」
「監督にも謝っておく事。相当心配してたぞ」
「はーい」
陽菜はようやく元気よく撮影に復帰した。
こうして撮影は順調に進んだ。
この後、いよいよ翔とのキスシーンが撮影される。
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