第217話
「ねぇ、夕陽さん。陽菜ちって翔ちゃんと付き合ってるのかな?」
みなみはソファで漫画を読みながら奥で掃除機をかける夕陽へ問いかける。
「さぁな。偶然会ったって言ってたし、あれだけじゃ何もわからないよ。メンバー同士でそういう話はしないのか?」
「しないしない。誰々がカッコいいとか鬼カワとかって軽い恋バナみたいなヤツはあってもリアルガチなヤツはしないよ〜。私だって夕陽さんの事はエナ以外しばらく黙ってたもん」
「そういうもんなのか。でもあの二人、何かいい雰囲気ではあったな。なんて言うかその、笑顔が自然っていうか」
そう言って夕陽はあの夜、ベンチでテイクアウトの牛丼を手に楽しそうに笑い合う陽菜と翔の姿を思い出していた。
するとみなみも漫画を放り出して身を乗り出してきた。
「あー、わかる!だよねだよね。二人だけの時に見せるホンモノの笑顔みたいなヤツだ」
「そうそう。ま、ここで俺たちが色々言っていてもしょうがないし、実際二人がマジで付き合っていてもいなくても、本人たちから何かアクションがあるまではそっとしとこうぜ」
夕陽は掃除機を仕舞うと、みなみの隣に座って軽く手を握る。
「そろそろ帰らなくていいのか?隣にお母さん居るんだろ?」
そう。
今、結婚するまではみなみの部屋には母親が同居しているのだ。
そのお陰で今みなみの部屋は綺麗だし、毎日食事も作ってくれる。
きっと今日もみなみの部屋では母親が彼女の帰りを待っている事だろう。
「帰りたくないなぁ…。このまま夕陽さんちの子になりたい」
「何で妻じゃなくて子供なんだよ。結婚したら嫌でも一緒なんだから、きっとこういう期間も貴重で大切だと思うぞ?」
「うん…わかった。あのさ、ダメ元で聞くけど、お母さんと夕陽さんと私とで川の字で寝……」
「却下だ」
「うわっ、切り返し早っ!」
夕陽は即座に切り捨てた。
そんな地獄絵図、想像しただけで恐ろしい。
みなみを送るべく立ち上がった夕陽を見上げ、みなみがそっと袖を掴んできた。
「じゃあ千歩譲って、川の字は諦めるから、バイバイのキスして欲しい」
「何だその可愛いキスは。つか、キスは千歩も譲るのかよ。まぁ…わかった」
夕陽は身を屈め、みなみにそっと口付ける。
みなみは積極的に夕陽の首に腕を回して来た。
すると急に息が出来ないくらい口付けが深くなる。
異変に気付いた夕陽がすぐに唇を離す。
「………お前なぁ、バイバイのキスなんて可愛い事言っときながら、マジなヤツ仕掛けてくんな」
「え、バレた?夕陽さんメロメロ作戦♡」
すると夕陽が更に身を乗り出し、みなみに覆い被さってきた。
「今日、帰さなくてもいいかな?」
「…うん。タブンダイジョブダヨ」
そして二人がもう一度、キスをしようとした瞬間だった。
ローテーブルの上に置かれたみなみのスマホが震え出す。
「お母さんだ…」
みなみが心底嫌そうな顔でスマホを手に取る。
「ご飯が冷めるから早く帰れって。ついでに夕陽さんも連れて一緒に食べようだって」
「ん。わかった。…じゃあ行くか」
夕陽はのそのそとみなみから身体を離す。
「その…なんだ。……早く結婚したいな」
「だよね」
二人は少し照れたように笑った。
☆☆☆
あれから陽菜と翔の一件からしばらく経った。
相変わらず陽菜は翔のボイトレに通い、翔と仕事中に廊下ですれ違えば普通に挨拶をする。表面上は何も変わっていないように見えた。
だが、陽菜にはそれがかえって不自然に思えた。
どこか余所余所しい。
まるで以前に戻ったような壁を感じるのだ。
「……はぁ」
「どうかしたの?陽菜」
同じ楽屋でマネージャーと出演者の確認をしていたさらさがそのため息に気付き声をかける。
「何か私、失敗したのかなぁ…って」
「失敗?…何かあったの?」
陽菜は首を振る。
「ううん。何も。えへへ…大丈夫です」
空元気に過ぎないが、陽菜はさらさに笑顔を向けた。
(私は彼とどうなりたいんだろう……)
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