第210話

「まったく……手がつけられないくらい酷い新人アイドルが来るって聞いたからどんな子が来るかと思ったら、まさか喜多浦陽菜、お前だったとはね。もしかして僕のファンなわけ?」



「……うっ、あの男、私の事をどういう理由で説明したのよ……あの…そうじゃなくてでね、もうちょっと抑揚というか歌に幅を持たせたくて…」



数日後、陽菜は限竜の紹介で都内にある、翔のボイトレスタジオに来ていた。

スタジオのブース内で待つ事、数分。

奥の扉からいつもより地味な服装で翔が入ってきた。


久しぶりに生で見る支倉翔だ。


メイクをしていないのに、まつ毛もバサバサで肌も白く、透明感のあるピンク色の唇は艶めき、ナチュラル美少女のようにキラキラして見えた。


プライベートでもアイドルオーラを放つ翔に眩しさを感じつつ、陽菜は気合いを入れるように拳を握りしめた。



「別に忖度無しで言う。お前は教えなくても別に十分だと思う。来させるならあのスカスカで全然音程が安定しない永瀬みなみの方を連れて来るべきだと思うが?」



翔のボイトレは、芸能人限定で、新人のアイドルや歌唱にブランクのあるなどといった人達の育成を主にやっているそうだ。


彼がツアー等に出ていて不在の時は開いていないが、大体週3日。一時間だけ入れ替わりで生徒を呼んでいる。


期間は個人差もあるが、大体半年から一年。

月に一二回、行うらしい。



「どうしてもダメですか?」


「いや、やりたいってなら構わない。いくら基本は出来てても、日々喉のコンディションは変わるからな。やらないよりはやった方がいい」


「本当?うわぁ、やったー」



「……別に遊びじゃないんだけどな。わかってるのか?」



翔は呆れたように肩を竦めた。



        ☆☆☆



「はい。今日のレッスン終わりー。とっとと荷物まとめて帰れー」



「ぜぇ、ぜぇ…あ…ありがとうございました」



口からベコベコに変形したペットボトルを落とし、陽菜は気力が尽きたように床に座り込んだ。



「だらしないな。こんな初歩でヘタるな。トロエーのセンターさん」



疲れた顔を上げると、すぐ間近に翔がこちらに屈んで覗き込んでいた。

彼からは何の香水かわからないが、いつも良い香りがするので、すぐ側まで来ると自然とわかる。


彼は探るように陽菜の瞳を見つめている。ラベンダー色のカラコンをしているのか、瞳まで甘そうだ。


陽菜としてはここは彼と話すチャンスでもある。



「支倉さんは……」



「蓮」



すぐに言い直される。

そういえば、二回目に会った時に名前を教えてもらっていた事を思い出す。



「じゃあ蓮さん…」



「蓮」



また言い直される。

陽菜は細かいな…と頭の中で思いながらも言い直す。



「蓮はどこに住んでるの?」



「東京」



「……彼女は?」



「ファンの子たち♡」



「……答える気ないですね」



「嘘は出来るだけつきたくない主義だからな」



「ケチ…」



「ケチで結構」



翔はそう言って陽菜の手を取ると、ゆっくり立ち上がった。



「お前はいつもずっと声帯を開いた状態で強い息を吐いているだろう?あれ、今のうちから何とかしないと、声帯を痛めるぞ」



「えっ?そういえば歌っている最中、喉が閉まるような感じがしていつも苦しくて…」



陽菜は喉に手を当てて確認する。

自分では全然自覚がなかっただけに驚いた。



「もっと喉をコントロールしろ。例えば…」



♪〜



翔が手本に歌ったのは何とトロピカルエースのデビュー曲だった。


思わず陽菜は両手を口元にあてる。



「上手っ…あれ、その歌声どこかで聴いたような…」



「お前、まさか気付いてなかったの?これまでのトロエーの曲の仮歌、歌ったの僕なんだけど」


「えーっ、全然知らなかった!だってずっと仮歌は仮歌専門の女の子が歌ってるんだと思ってたもん」



仮歌とはまだ曲が世に出回る前、プレゼン用に作る音源であって、陽菜たちの手にするものは練習用としてのものだ。


綺麗な声だと思っていたが、まさかそれが翔の歌唱だったとは思わなかった。



「……やっぱりな。ちなみにトロエーの殆どの曲は僕が仮歌入れたぞ」



「うわぁ、何か凄い貴重なものに見えてきた。家帰ったらまた聴こう」



「少しは敬え」



「はいはい。先生」



陽菜は高揚した頬に片手で風を送る。

すると翔が時計を見て、陽菜の手を優しく引いた。



「それでは、今宵はここまで。あちらからお帰りください。お姫様♡」



そう言って翔は執事のような恭しい手つきで陽菜を出口まで導く。



「えっ、もう終わり?」


「一時間の約束だったろ」



そうあっさり言われると、あっという間に外に出された。



「はぁ…全然仲良くなれなかった。あの人やっぱり難攻不落かも〜」



陽菜はヨロヨロとした足取りでタクシーを拾う。

その際、何かこちらをじっと見つめられているような視線を感じたが、疲労困憊な陽菜はそれに気を払う事もなく、タクシーへ乗り込んだ。


















続きを書きたいけど、ちょっと一週間ほど某ゲームアプリのレイドイベントやるので、更新ペースが遅くなりそうです。


でもこの陽菜回は書きたい場面と見せ場がこの後目白押しなので、出来るならこちらを優先したいところなんですよね。



ちょっと頭の中にあるものをわかりやすくブラッシュアップしてから更新します。














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