第211話

「陽菜って、支倉翔狙いだったりする?」



その夜。

限竜は思い出したように、そんな話題をさらさに振ってきた。

今日は久しぶりに二人で夕食を摂る事が出来た為、少しだけメニューも豪華だ。



「え、そんなような事は言ってたけど、好きなアイドル追いかけるみたいなお遊びのようなものでしょ?」


そう言ってさらさは自分のグラスにだけワインを注ぐ。


「ちょっ、更紗、俺にはないの?」


「あんたはアルコール抜きしろって言われてるでしょ?そこの水でもワインだと思って飲みなさい」



「ずりぃ…でもさ、お遊びが本物になったら?支倉翔ってスキャンダル方面はカタいからさすがに弄ばれてポイはないと思うけど、まずそこまで関係が進まないと思うな。私生活も謎に包まれてるし」



限竜はムッと顔を顰めながらも、自分のワイングラスに注がれたミネラルウォーターを一口含む。



「心配なの?」



「勿論。更紗の大事なトロエーの子たちには皆、幸せになって欲しいからね」



限竜がそう言った瞬間さらさが立ち上がって抱きついてきた。



「ワイン、一口だけ許す」



そう言って、限竜の唇を塞ぐ。

ワインの香気と共に流し込まれる。

さらさの瞳に驚いた限竜の顔が映っている。



「………更紗さん、オトナだね。でも俺は普通に飲みたか…へぶしっ?」



余計な事を言った為、結局全て台無しにしてしまう空気の読めない年下夫、限竜であった。



「あんたはお粥でも食べて早く寝なさい!」



「ちょっと、俺が何したってんの!更紗〜」




        ☆☆☆



「お疲れ様でした〜」



ラジオ番組の収録を終えた陽菜はスタッフ陣に挨拶をしながら移動の車へと移動する。


今日も朝から仕事でずっと忙しかった。

じわじわと身体に疲労感が蓄積している気がする。


車に乗ったら少し休もう。

そんな事をぼんやり考えながら建物を出た瞬間だった。


そこへ一目散にこちら目掛けて細身の男が駆け寄って来た。



「あ…あのっ、陽菜っ、良かったらコレ使って」



「えっ?いやちょっ…」



差し出されたのはタオルだった。

細身の男は陽菜に期待するような目でじっと見つめている。

最近、陽菜はこの男に悩まされていた。


今は以前あった永瀬みなみを狙った傷害事件を受けて、トロピカルエースのメンバーを対象とした出待ち行為も規制されるようになっている。

その為、タレントとファンの間にはある程度線引きが出来ていた。


それでも出待ちをする者が若干だが存在している。

それもある程度距離を置いた節度あるものである事から事務所では黙認されていた。


しかし時々その距離感を無視して詰め寄って来る、度を越したファンがいるのだ。


そのファンがこの男だ。


仕事をしていないのか、男は平日であろうが必ず陽菜のスケジュールに合わせて現れる。

まるで陽菜のマネージャーをやっているかのように。



「陽菜、早く受け取ってよ」



陽菜は顔を引き攣らせる。

するとすぐにマネージャーの内藤が心配して車を降りてきた。



「中々来ないと思ったら、またか。ほら、早く乗って」



「内藤さん」



内藤は奥にいた警備員に目配せすると、男はそれを見て逃げるように去っていく。



「ごめん。気付くの遅くなって。はぁ…時々ああいうのが出てきちゃうんだよな。もう少し警備体制をキツくしてもらわないと」



「はい…ありがとうございます」



「私生活でも何かあったら必ず連絡するんだよ?」



内藤はそう言ってドライバーに発進を促した。



(私も…もしかしたら蓮にそう思われてるのかも)



興味があるからと、本人の意思を無視してテリトリーに入り込んでくる。


あの細身の男と自分に何か違いはあるのか。


そう考えると陽菜は複雑な思いで俯いた。






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