第207話
「えー、ピンヒール履いた女の子みたいな声の男性出演者?」
「そう。やけに甲高いソプラノだけど、あれは男の声。で、すごく細くてボンテージみたいなスーツ着てるの」
「あー、それって翔ちゃんしかいないじゃん。マジ一択」
収録後、陽菜は楽屋で膝の手当を受けながら、あの時自分を助けてくれたのが誰なのか探してみる事にした。
「……あー、やっぱり」
「いや、わかって聞いたようなもんじゃん。だってその説明、まんま翔ちゃんだもん」
実はあの声と後ろ姿で何となくわかってはいた。
だが、その時の彼の口が別人のように悪く、態度も横柄だったので混乱したのだ。
公の場での支倉翔は、天使のような見た目に愛らしい言動で世の女性をキュンキュンさせている。
(私の事、ブスって言ってた…)
歌は甘いハイトーンボイス。
そのキャンディみたいな甘くとろける歌声からはとてもあの台詞は想像出来ない。
「もしかして陽菜ち、翔ちゃん推し?」
「なワケないでしょ。あんなキラキラな作り物に興味なんて一ミリもないの」
そう言って陽菜は絆創膏が貼られていた膝を見た。
「…………」
☆☆☆
それから数日後。
陽菜はアニメ映画の吹き替えを担当した作品のプロモーションであるテレビ局に来ていた。
そこに華奢なシルエットを発見した。
間違いない。
支倉翔だ。
「内藤さん、支倉翔ってこの作品出てましたっけ?」
コッソリ隣のマネージャーに確認してみる。
「陽菜。もしかして声入れたのかなり前だから忘れたの?支倉翔は主役のライ役。つまり陽菜が担当したエマと結ばれるキャラクターだよ。ついでに言うと、主題歌も担当している」
「えー、そ…そうだったんだ。収録の時、一人だけだったから全然気にしてなかったかも」
内藤は呆れたと苦笑いする。
翔は細く高い、女性のような声に特徴がある為、声優としての仕事も多い。
だから何度か陽菜もこういう種類の仕事が入るとかち合う事があるのだが、今まで全く眼中になかったので気にした事がなかったのだ。
プロモーションイベントはわりと短めに終わった。
翔は陽菜と顔を合わせても、全く顔色一つ変える事はなかった。
徹底したお仕事モードを崩さず、可愛らしい発言でスタッフ陣にまでをもキュンキュンさせる。
そしてイベントが終わり、それぞれ撤収が始まった頃、陽菜は一人別の方向へ行く翔を見かけて追いかけた。
「ちょっと待って!」
思わず彼のベストの端を引っ張って呼び止める。
一瞬彼から舌打ちのような音が聞こえたような気がしたが無視する。
「あれ、トロエーの喜多浦さんだよね?先程はどうもおつかれさまでした」
すると、とびきり弾ける笑顔で翔が振り返った。
だが陽菜はその目が笑っていない事に気づいていた。
「あなた、先週の歌番組で私を助けてくれましたよね?衣装が釘に引っかかって動けなくなった時っ」
「うーん、何の事かな?多分僕じゃないと思うけど」
「……嘘。絶対あなたです」
陽菜はじっと翔を見上げる。
しかし翔もお仕事笑顔を崩さない。
「………」
「………」
しばらく無言で見つめ合う二人。
だが、変化はあった。
柔和だった翔の眉が急に吊り上がってきた。
「……そこは軽く流せよ。ブス」
そう言って鼻を思い切り摘まれた。
「痛っ!何するんですか」
「お前が妙な意地張るからだろうが。めんどくせえな。せっかくスルーしとこうとしてんのに」
急にガラが悪くなった翔は再び舌打ちすると、スタジオから外へ続く通路奥まで陽菜を連れて来た。
そして慣れた手つきで煙草を取り出す。
「…背、伸びなくなりますよ」
「っつせーな。生憎とっくに成長期止まってんで関係ねーわ。それより何の用?」
翔は美味そうに煙草を蒸している。
「お礼言いたくて」
「は?礼ならあの時聞いたよ。別に大した事してねーし。たまたま見かけたら、何か困ってたみてーなのに誰も助ける奴いなかったから。…何なら忘れろ」
少女のような愛らしい声で辛辣な言葉がポンポン飛び出す。
これがあの支倉翔の本性なのだろうか。
「何だよ。まだ何か?」
「さっきと全然態度違うんですね。この業界、裏表がある人なんて沢山いるけど、あなたのように極端な人、初めてです」
すると翔が初めて陽菜の前で笑った。
「ははははっ。そうかよ。悪かったな。中身まで王子様じゃなくて。こんなの売れる為なら何だってやるさ」
すると陽菜は手を差し出してきた。
「は、何だよその手は」
「私、あなたと友達になりたい。私の名前は喜多浦陽菜よ」
「変なヤツ。僕は支倉……いや、神崎蓮。呼ぶ時は蓮でいい。そんじゃな。ブス」
「なっ……」
彼は口は悪いけれど、中身はそんなに悪い人ではないと思う。
でなければ、あの時陽菜を助けてはくれなかっただろう。
メモ
翔ちゃんは、何で陽菜だけに本名を名乗ったのかな?
まぁ、陽菜パート。
緩く始まりました。
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