第205話

「じゃーん!これが許された特別な者しか手に出来ない書類、その名も「婚姻届」ー!」




同時に疎らで雑な拍手が響く。




みなみは誇らしげに椅子の上に立ち、普通に役所へ行けば普通に手に入る全く普通の婚姻届を掲げている。


それを夕陽、怜、限竜が何の感情も感じられない非常に冷めた目で見つめていた。


ここは夕陽の部屋のリビング。

今日はみなみの提案で、まだ提出はしないが二人の婚姻届を完成させる事になった。




「しかもそれ、俺らの時に使った予備のヤツだからね」



限竜が頬杖をつき、欠伸を噛み殺しながら嘯く。



「うっさいな。どうせ余ってたんでしょ」



「はいはい。で、早く書いたら?」



一応この日の為に証人として、芸能活動を休んでいる為、自宅警備班に転属され暇な限竜とたまたま数時間だけスケジュールが空いていた怜が選ばれた。



「本当にすみません。乙女乃さん、伏見さん」



夕陽が申し訳なさそうな顔で冷えた麦茶を差し出す。



「別に「王子」の頼みならいくらでも聞くよ♡」



「は?今なんて…」



夕陽は顔を引き攣らせて、笑顔の男を見た。



「いや、更紗が家で「王子」「王子」煩いからもう俺も王子でいいやって思って♡」



「それは謹んでお断りします」



夕陽はさりげなく限竜から離れていった。



「ねー、紘ちゃんのとこは誰が証人になったの?」



最近、真のマブダチへクラスチェンジした二人は互いを「紘ちゃん」「みなみ」と呼び合っていてより親密なのが夕陽には面白くない。

いくら「女子友」感覚といっても、今の彼に女子要素は皆無だ。



「ウチは両親。まぁ、あの時は何かよく考える時間も与えてくれなくて、ただ周りの勢いで書かされたような感じだったけどね」



「へぇ。でも私はやっぱりズッ友に書いてもらいたいかな」



「みなみ♡あんた何て可愛いの〜。やっぱりあんたみたいな子をお嫁に欲しかったわ」



「ちょっと伏見さん。コレは俺のですから!」



「コレはないよ。夕陽さん!」



夕陽はすぐにみなみを守るようにガードする。

先に結婚したとはいえ、油断はならない。



「はいはい。で、こっちは書いたよ。後は莉奈だね」



「オッケー。でももうトロエーから二人も既婚者が出るのね」



怜は少し淋しげにしみじみ呟いた。

そして書類へ流麗にペンを走らせる。



「えー、早乙女さんも笹島さんと結婚したらいいじゃないですか」



「それはまだダメ。私のケジメだから」



怜はプイと顔を背ける。


あの時、仕事に穴を開け、解雇同然の処分になっていた彼女にとって、今は仕事にだけ集中したい時期なのだ。



「莉奈の彼氏って本当にあのアフロなの?」



「そうですけど?伏見なんかとは雲泥の差くらいイイ男なんだから」



怜はこちらへ舌を出してやる。



「はいはい。莉奈はアフロ至上主義だからね。敵わないよ。というかさ、俺、更紗にダメなトコとか、見られたくない部分ばかり見せちゃってんのに何で好かれたんだろう…」



「うわっ、そこ今更いく?」



「考えたんだけど、実は短所だと思ってた部分が長所だったりしたとか」



「えー。散歩に行って帰って来られず公園で吐いてたら警察のおじさんに介抱されてパトカーで帰って来たり、昼間から空きっ腹にお酒ガンガン飲んで胃の痛みに耐えきれず、仕事中の森さんに助けを求めたり、点滴中にお風呂入ろうとして倒れたりするようなのが本当に長所?」



「みなみ。何でそれ知ってるの!?」



出来上がった婚姻届をチェックしながら、みなみはジトっとした視線でピンク髪の限竜を見た。



「全部森さんが言ってた。ダメダメじゃん。つか紘ちゃんてすぐリバースするよね。もうそんなイメージしかないよ」



「……あまりそういう目で見ないでくれる?マジで苦しいんだから」



そうこうしている間に婚姻届は完成した。



「わぁ、これでいつでも提出出来る。良かったね夕陽さん」



「あぁ。二人とも今日は本当にありがとうございました」



夕陽とみなみは嬉しそうに二人で完成したばかりの婚姻届を持つ。



「ところで、指輪はどうしよう。紘ちゃんはどうしたの?」



何でも経験者に聞いてみるという事で、最近まで同じ立場だったのだが、一応既婚者に聞いてみる。



「え、更紗に買ってもらった♡」



「…え、マジ?あんたどこまでクズなのよ」



怜がドン引きな顔で限竜を見た。



「いやだって、向こうから結婚してくれって言って指輪嵌めてくれたんだよね。あれは感動したな〜。もう終わりだと思ってヤケクソで乳まで揉んじゃった後なのにさぁ」



「最低……」



そう言って限竜は左手の薬指のシンプルなシルバーリングを見せる。



「じゃあ、結婚指輪、森さんに用意させたって事?」



「いや、その…俺、ずっとフラれたと思ってたし。そのショックで昏睡してたから…ね」



「うわっ、メンタル弱っ」



「何か言えば言うほどドン引かれるのは何故か?そんなにダメ?あ、婚約指輪はちゃんとしたやつ贈ったよ。めっちゃ高かったのにダイヤがデカ過ぎて逆にエグいって不評でさ。結局つけてもらえなかったけど」



「ゆ…夕陽さん。私たちは指輪も式もシンプルにいこう」



「あぁ…そ…そうだな。結局森さんたち夫婦の話は全然参考にならなかったからな」



















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