第204話
「森さん、伏見。改めて結婚おめでとう!これは遅くなったけどお祝いね」
「怜、わざわざありがとう。さぁ、中へ入って。紘太はまた隠れてビール飲んだ罰でお風呂掃除させてるけど」
「あはは…はぁ。取り敢えずお邪魔します」
今日はさらさと限竜の新居に怜が遊びに来ていた。
新居といっても、ここは元々さらさが住んでいるマンションだ。
限竜は元々、都内一等地のタワマン最上階に住んでいたのだが、それは円堂が限竜の生活を監視する為のものだったので、今は既にそこを退去している。
そこに例が改めてお祝いに来てくれたのはさらさにとっても嬉しい。
☆☆☆
「耕平くんがね、何も出来なくてもいいって、莉奈が出来ない事は自分が全部やるって言うの♡もうどんだけあたしが好きかーって思わない?」
「はぁ…あんたのその惚気。いい加減聞き飽きたわ」
ダイニングテーブルに差し向かいで座る怜とさらさ。
さらさは、さもつまらなそうにモヤシのヒゲを取る作業を黙々と続けている。
「えー、こんな話、森さんくらいにしか話せないし。だったら森さん新婚なんだから、色々な甘い旦那自慢してよ。聞いちゃうから」
すると甘々な旦那自慢をしようとしている筈のさらさの眼光が鋭くなった。
「……言っておくけどね、あいつの事で自慢するところなんて、ひとっっっっつもないわよ」
そう言ってさらさは罰の風呂掃除を終えてソファの上で文庫本を腹の上に乗せたまま気持ちよさそうに眠っているピンク髪へ向けて殺意に満ちた視線を送る。
「ねぇ、何か伏見、会う度に別人みたいに変わってない?」
怜がコッソリ囁く。
「あいつ、しばらく芸能活動休みに入った途端、髪ピンクにしてきたの。一瞬何が起こったのかわからなかったわ。それだけじゃないの。舌に穴開けようとして居間を血まみれにして大惨事になるし、まだ食べられないフライドチキン勝手に食べてゲーゲー吐くし。もうホントお荷物!」
思わずもやしを握りつぶしてしまうような怒りのさらさに怜は苦笑いを浮かべる。
「まぁまぁ…でもテレビじゃ毎日楽しいですよーとか、幸せですよって言ってたじゃない」
「怜、あなた今の聞いて、それ本音だと思った?」
「うーん。全然♡これ程羨ましく無い夫婦見たの初めてって感じ。でも伏見なんて地雷、何でしっかりモノのリーダーが踏んじゃうかな。そこが一番わかんないわ」
「ううう…それを言わないで。今それを激しく後悔してるんだから」
「…………その奥様恒例、旦那の悪口大会いつ終わるの?」
「あ、伏見。起きたんだ」
そこに不機嫌な寝起き顔の限竜が現れた。
長めのピンクの前髪は可愛いパッチンクリップでちょんまげのように結えられ、黒縁の眼鏡を掛けている。
耳にも沢山のピアスホールがあり、今はそれを透明の樹脂ピアスで埋めているので目立たないが、不穏な見た目であるのは変わらない。
服はダルダルのスウェットの上下。
本当にあの硬派で粋な演歌歌手かと思うような闇落ちである。
「起きた。つか、今の悪口で起きた。何なのその結婚後悔してます、被害者ですー的な物言い」
「被害者みたいなものだわ。あぁ、王子だったら絶対こんな事思わないのにな」
「ちょっと森さん…」
何だか空気が不穏になって来た。
怜が居心地悪そうに腰を浮かせる。
「あー、また真鍋夕陽と比べた!俺だってね、掃除は苦手だけど料理出来るし、あいつより背高いし、あいつより若いし、あいつより痛みの耐性あるし」
「それってあまりないよね。それに最後の無関係なヤツじゃん」
「そうね、更に言うと舌に穴開けようとした時、そこら中転げ回って痛がってたわよね?」
二人の言葉に限竜は何とも言えない顔でこちらを見つめて来た。
まるで今にも捨てられそうな子犬のように。
「や…いやだ。もう。王子なんてもうどうでもいいじゃない。うちはうちよ。無いものねだりしてもしょうがないわ」
「更紗、ちっともフォローになってない。むしろ生傷抉ったね」
限竜は恨みがましく呟いた。
「…まぁ、その。お似合いの夫婦だと思うわよ。伏見と森さん。ただ、森さんといるとどんどん伏見がブッ壊れていってるのが気になるけど」
「ちょっとそれ、私のせいなの?」
またさらさが反応を返す。
しかし、それも二人の日常なのだろう。
突然の入籍発表と意外過ぎる相手に最初はとても心配だった怜はここでようやく安心出来た。
(でも、伏見はマジあり得ないわー。いくら顔面レベル高くても、まず男として見るの絶対無理!完璧地雷よ。まだ真鍋の方がマシだったな)
やはりさらさの好みは少し特殊らしい。
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