第203話

人気アイドルグループ、トロピカルエースのリーダー、森さらさが入籍を発表。


お相手は主に中高年層の女性に絶大な人気を誇る演歌歌手の道明寺限竜さん。

その道明寺さんは体調不良の為、当面の間活動自粛を発表した。



「森サラ、結婚したのか。まぁ、もう26だしなぁ。それより推しのみなみんじゃなくて良かった…。相手の演歌歌手って誰だよって感じだけど…活動自粛って育休か?」



昼時。たまたま外回りで一緒だった佐久間と三輪は食堂で激辛ラーメンを食べながらニュースを見ていた。

佐久間はあまりの辛さに額に浮かんだ大量の汗をタオルで拭いつつ、そうぼやいた。



「あぁ、森さらさってアイドルだっけ?一昨日の夜の発表からずっとテレビの話題はコレだよね。もっとやる事ないのかって思うよ。それより佐久間って永瀬みなみのファンなんだ」


三輪はうんざりしたようにテレビから視線を外す。

彼はあまりアイドルの熱愛や結婚に興味がないからだ。



「あ…あぁ。うん。バラエティーで頑張ってるトコとか見てると癒されるし」



「へぇ。昨日も無人島大脱出で真っ黒に日焼けしながら自作ボートに乗ってた子だろ?それにあの爆走中って番組で走ってた永瀬みなみの顔。あれ、ヤバかったよな。つかあれはアイドルの仕事なんかな…」



三輪はそれを思い出したのか小さく笑い出す。



「そうそう。俺はみなみんのそういうところを推してるんだよ」



佐久間は嬉しそうに残りのラーメンを啜った。



「だからかな。推してるアイドルの結婚って笹島じゃないけど、結構キツイな」



「佐久間…」



        ☆☆☆




それから一週間が経ち、ようやく森さらさの結婚発表にテレビもネットも落ち着いた頃。


久しぶりに夕陽の部屋に来客があった。

トロピカルエースのエナと陽菜、怜、みなみも揃っている。



「ほら、早く中に入りなさいよ」



玄関からさらさのせっつくような声が聞こえる。



「何だろうね。リーダーから話があるって」



エナはもう唐揚げに箸を伸ばしながら、玄関の方を見ている。



「まさか、トロエー辞めないよね?」



みなみが不吉な事を口走る。



「いやいやいや、それはないでしょ。絶対無理。リーダー居なくなっちゃうなんて本当無理」



陽菜たちが勝手な想像でワタワタし始める。

すると何事もなかったかのように爽やかな顔でさらさが現れた。



「皆、今日は集まってくれてありがとう!王子も場所貸してくれてありがとうね」



「あ、いえ。別にそれは構いませんよ」




最初にさらさから連絡が来た時は驚いた。

急に今日、トロピカルエースのメンバー達に大事な報告があるから部屋を貸してくれと言われたからだ。

何故自分の部屋なのか疑問は感じたが、みなみの部屋は論外だし、急で皆知っている共通の場所がなかったのだろう。


それに夕陽としても急に入籍さたさらさの本意を知りたかった。




「それでね、皆にはちゃんと正式に私の旦那を紹介したくて連れて来たの。彼、来週から入院する事が決まってるから今しかなくて」



「あ、そっちか。それはわざわざどうも」



夕陽も内心、さらさがこの場でグループ脱退か妊娠でも発表されるのではないかとヒヤヒヤしていた。


そしてそれを誰よりもも早く一般人である自分が知ってもいいのかと。


確か夕陽の記憶だと、道明寺限竜とはオネエ口調でやたらテンションの高い変人だという印象がある。

苦手な人種である事は間違いない。


ただ何故かみなみとは気が合うのか、二人はマブダチという仲で度々女子会をしているらしい。

しかし肝心の中々限竜が入って来ない。



「もう、靴を脱ぐのに何でこんな時間がかかるのよ。早く来て」



そう言ってさらさが腕を取って連れて来た限竜は少し夕陽のイメージとは違って見えた。



「………どうも」



限竜はそれだけ言うと黙ってしまう。


あのオネエ口調でマシンガントークを散々聞いてきた者からすると別人のような変わりようだった。


体調を崩していると言っていたが、かなり痩せたのではないだろうか。


そして夕陽は二人を見て思った。

本当にこれが幸せな新婚カップルなのだろうかと。



「道明寺さん、どうかしたの?」



そこにみなみが声をかけた。

すると覇気のなかった限竜の瞳に光が戻った。



「みなみっ!凄く凄く会いたかった」



「どうしたの〜。もう全然最近連絡くれなかったし、急に森さんと結婚しちゃうし。心配したんだよ?」



みなみはポンポンと限竜の背中を軽く叩く。

限竜はみなみにしがみついて本当に泣いているようだ。


これは夕陽としても面白くない。

だが、それより早く動いた者がいた。



「ちょっと紘太くん。愛する妻の前でそれはないんじゃないの?」



「……鬼ババ」



限竜はボソリとみなみの肩口から悪態を吐いた。



「っつ!」



「わー、道明寺さん。何言ってんの」



これにはみなみも慌てだす。



「ねぇ、みなみ。俺、今日はここに泊まりたい」



「は?何言ってんの。道明寺さん結婚したんでしょ?それにここは夕陽さんの部屋なんだよ」



だが限竜はみなみの手をにぎにぎしたまま、更に恐ろしい事を言う。



「じゃあ、三人で寝よう?」



「…えー!何その地獄絵図は」



みなみの絶叫を聞きながら、夕陽はさらさに歩み寄る。



「あの…こんな事聞いていいのかわかりませんが、もしかして上手くいってないんですか?若しくは騙して結婚したとか」



「ちょっと王子、失礼ね!ちゃんと好きだって言われたから。あいつの父親からも大事な息子だから私にあげるんだよって言われたんだから」



「あげるって、いやあの人、ペットや物じゃないでしょ」



さらさは忌々しそうに鼻を鳴らした。



「ただ、拗ねてるだけなのよ。当てつけなの」



「拗ねてる?」



「ええ。ここへ来る前に私が強引にお風呂に入れたから拗ねてるの。一人でお風呂も入れないくらい弱ってるクセに一丁前な口きくのよ?生意気に。あんなの介護と一緒よ。お爺ちゃんの裸見ても何とも思わないようにね。女の子でもないのにギャーギャー言って隠そうとして馬鹿みたい」



「いやぁ…お爺ちゃんの裸と同義にされてもそれは大問題じゃ。夫婦なんですし」



夕陽はつくづく限竜に同情した。




        ☆☆☆



「いやぁ、それにしてもびっくりしたよ。何の相談もなしにいきなり結婚なんて。マジで入籍しちゃったの?」



それからようやく落ち着いて一同はテーブルに着いた。


テーブルには様々な夕陽が作った様々な料理が並んでいる。

まだ摂食障害の残る限竜には玄米のお粥を作った。



「まぁね。この人放っておけなくて。目を離すとどこかで倒れてるし、暇になるとピアッサーで身体のあちこちに穴開けてうっとりしてるし、ご飯食べさせてもすぐ吐いちゃうし」



「えー、何なんですかそれ」



「極め付けは親指をキリで貫通させようとしてた事かな。勿論フルボッコで止めたけど」



「うわぁ…森さん何でそんな人選んだの?」



「だから放っておけなかったの。誰も世話しないから私がやるしかないじゃない」



「………」



限竜はムッとした顔でさらさを見たが、何も言わず、スプーンを口へ運ぶ。



「なんかあたしより酷い事になってたのね」



怜が労るような視線を送る。

彼女も去年は大変だった。



「でも何でそこまで病んだの?前はあんなに元気だったのに」



すると限竜は何か言おうと口を開いたが、すぐきさらさがそれを遮る。



「くだらない事よ。それに彼、肉体的な病気じゃないの。全部思い込みで病んでいっただけなの。だからしばらく養生すれば元に戻れるから」



「………りがと」



消え入りそうな声を聞き取ったさらさは黙ってその手を握った。



「ふふふ。何だかんだでお似合いの夫婦なんだね〜。良かった」



エナがそんな二人を見て自分も幸せそうな顔をする。



「ええ。だから皆、これからも私たち夫婦になってからもよろしくね」



同時に拍手に包まれる。

何だかとても微笑ましい空気になった。



「じゃあさー、リーダーは道明寺さらさになったの?何かゾクのリーダーっぽくてかっけぇ」



エナは何を想像したのか、キラキラした瞳をさらさへ向ける。



「いやいや、違うから。伏見更紗になったの。この人、伏見紘太って結構普通の名前なの」



「悪かったね。普通で」



「あはははっ。でも良かった。森さんたちが来るまでグループ卒業とかまさかのご懐妊発表あるとか覚悟して皆ピリピリしてたから」



「ふふっ。それはないから。あんた達をまとめるのは一筋縄じゃないし。それに懐妊も何もこの人、体力弱りすぎて最後まで出来…」



「わーわーわー、何であんただけさっきから俺の恥部を暴露しまくってんの!バカなの?」



すぐに血相を変えた限竜の手に口を覆われるさらさ。



「むぐっ…本当の事でしょ?それともアレ言っちゃう?私の写真持ちながら床に……」



「…もう十分だから。お願いだから勘弁して下さい」



降参とばかりに限竜は手を挙げた。

夕陽は彼女がみなみで良かったと心から思った。

いくらみなみでも、そこまでは言わないだろうから。



「何か大変ですね、…その「伏見」さん」



「え…えぇ。まぁ」



オネエ口調ではなくなった限竜は何となく違和感があるが、夕陽は同情するように肩を叩いた。



「あのね、王子。そいつに敬語は必要ないから」



するとそれを聞いていたさらさがこちらに顔を向けてきた。



「そいつって……いやでも、年上だし。森さんのご主人ですし」



「いいえ。年上なんかじゃなかったの。多分王子の一個下よ。年齢嘘ついてたんだから」



「ええっ?若っ…じゃあ、当然森さんより…」



「そうよ。信じられないでしょ。28くらいとか言って。もう年下は絶対嫌だったのに。言いたがらない筈よね。嘘ばっかりで驚いたわ。大学もめちゃめちゃいいトコ出てるし、凄い企業に内定までしていながら芸能人になったっていうし」



「…はぁ。後半のは別にそんな悪い嘘でもないような」



夕陽は力無く笑った。

だが先にさらさから幸せになってくれて良かったと心から思った。


何となくだが、さらさがまだ自分に想いを残しているような気がして、それを見ないフリをしたまま、みなみと結婚した後が心配だったから。


とにかく、こうして実際に幸せそうな二人を見られて、夕陽はより一層彼女との結婚の意志を固くした。









































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