第201話

「何でお母さんが来たの?どこに住んでるのか教えてなかったよね」



ムスっとした顔でみなみは母親が淹れてくれたお茶を啜る。

みなみの母親は夕陽の母親より五つか六つくらい若い、ブランドのシャツに細身のデニムをサラリと着こなすやや派手目な女性だった。


芸能人の親というのは総じてこんな感じなのだろうかと思ったが、彼女の手には長年家事をしてきた勲章のような傷や染みが刻まれていて、しっかりした「母親」だと夕陽は思った。



「あんたの所属してる事務所の社長さんが連絡してくれたのよ。娘が結婚するって言うから準備を手伝ったらどうかってね。ここに入れるようにしてくれたのも社長さんだよ」



「えーっ、何でお母さんに勝手にチクるかな。あの社長」



「……おい、みなみ」



久しぶりらしい母娘の再会の間に立たされた夕陽はいたたまれない様子で二人を交互に見る。

その視線に気付いたみなみの母親は、ようやく初めて気付いたように夕陽へ視線を向けた。


そして夕陽の顔をじっと見つめる。

みなみと同じ強い力を感じる大きな瞳だ。

ただ、みなみより年季が入っている分、何でも見透かす占い師のような圧を感じる。


夕陽は蛇に睨まれた蛙同然で息を呑んだ。



「貴方、スゴい綺麗な顔よね。肌も綺麗だし、睫毛も長くてハンサムね〜。イケメンっていうのかしら。俳優かアイドルなの?男嫌いなあの子が気にいるくらいだもの、余程外見が良くなけりゃとは思ってたけど、やっぱりね」




「いえ…一般職のサラリーマンです」




「あら、それ本当?こうして二人並んで座ってたら貴方も芸能人だと思うわ。でもね、この子アイドルなんてやってるけど、他の事全然出来ないのよ?部屋だって怪獣が暴れたような散らかりようだし、何度教えても家事能力は身に付かなかったし、はっきり言ってアイドルって肩書き以外、何もない子なのよ。こんな子が奥さんで貴方本当に後悔しない?」



それだけでは済まされず、娘さんのパンツやブラまで洗濯させられてますけどねとは口が裂けても言えない夕陽だった。



「お母さん!」



どうやらここを掃除したのはみなみの母親だったようだ。

さぞかし大変だっただろう。

だが夕陽はみなみの手を握って答える。



「いえ、それを全てわかった上で彼女と居たいのです。至らない部分は私が支えていくつもりです」



「夕陽さん……」



みなみは感動したような顔で夕陽を見ている。

自分の母親や彼女の母親の言っている事はわかっているつもりだ。


多分結婚した後の方が大変なんだろう。

だけどもう彼女以外夕陽には選ぶ事は出来ない。

それくらいみなみが特別で大切な人になっていた。



「……そう。まぁ、ここで考え直すなんて事なさそうで安心した。ウチは知ってると思うけど離婚していてね。父親の方はもう再婚して別の家庭を持ってるの。去年子供も産まれたってさ。いい年してね。だから新婦側の式の準備は私がするわ」



「えー、マジ?そんなの聞いてないんだけど」



それを聞いてみなみは思わず立ち上がった。

どうやら初耳だったらしい。



「どうせ言ったところで既読スルーかますくせに、何今更そんな事言ってんの」



母はそれを笑い飛ばした。



「あの、いいんですか?娘さんは現役のアイドルなのに」



「別にいいんじゃない?若いだとかアイドルだとか、そんなの大した事じゃないわよ。ただ、私が確認したかったのは、人気アイドルって看板だけ見て結婚決めて、実際はこんなポンコツだったってわかった途端、話が違うって冷めやしないかって事だから。でもわかってるようだし?それならこちらは黙って娘を送り出すしかないでしょ」



「お母さん…」



みなみがポツリと呟く。

母はみなみの頭に手を置く。



「じゃあ、そういうわけで今夜は親娘水入らずで話したい事があるんでね。悪いんだけど今日はこれでお開きにしてくれない?」



「あ、はい。そうですね。どうも夜分遅くスミマセンでした」



気付けばそろそろ日付が変わろうとしていた。


明日も普通に出勤しなくてはならない夕陽は二人に礼をすると即座に立ち上がる。



「えーっ、夕陽さん帰っちゃうの?泊まらないの?せっかく部屋綺麗になったのに」



「今のお母さんの話聞いてなかったのか?それに掃除したのはお前のお母さんだろ。いい機会なんだ。久しぶりにゆっくり話をしろよ」



夕陽はポンポンとみなみの頭に触れた。



「うーっ。お母さんじゃなく夕陽さんとゆっくりしたい!」



「お前なぁ…」



夕陽は頭を抱えたくなった。

すると母がみなみの髪を強引に引っ張った。



「痛っ!」



「そりゃ私だって、ポンコツ娘より義理の

イケメン息子とゆっくりしたいわ!いいから来るんだよ。じゃあね。未来の婿殿」



「は…はぁ」



そう言うと、母は笑顔で夕陽を送り出した。

扉が閉まり、みなみの鳴き叫ぶ声が遠ざかっていく。

食肉にされるべくトラックへ積まれる家畜を見送るような…何とも切ない気分だ。

何か物凄いものを見たような気がした。



「はぁ。寝るか…」



夕陽は肩の凝りを解しながら自分の部屋へ戻って行った。











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