第200話

「しばらく見ない間にお前、焼けたな〜。鼻の上、皮剥けてるけど大丈夫なのかよ」



約三週間ぶりに会ったみなみは、まるで夏休み明けの小学生のように、こんがり褐色の肌で登場した。


これに虫かごと虫取り網でも持たせたら完璧なのに…と夕陽は心の中で思ったが、後が怖いので口にはしなかった。



「デヘヘ♡三本立て続けで海外ロケがあって、それが全部南国だったからすっかり焼けちった。やっぱヤバいかな?」



「グラビアや連続ドラマや映画の撮影がなければ大丈夫かとは思うが、さてはお前向こうで遊びまくったな?」



みなみは重そうなキャリーバッグを夕陽の部屋へ運び入れてから小さく舌を出した。



「だって、あんまり大っぴらに顔出して街中歩ける機会なんて滅多にないんだよ?そりゃテンション爆上がりすんじゃん。お土産沢山買ってきたんだよ。あれ、逆に夕陽さんは何か生っ白いよね。ゲッソリしてるっつーか」



そう言ってみなみは夕陽の眼前まで移動して来ると、青味がかった目元の下辺りを人差し指でツンと触れてきた。



「こっちは会社の決算期の真っ只中だったんだよ。残業ばっかでロクに結婚準備も出来やしなかった。悪いな。全部任せとけなんて言っておいて」



夕陽は重く盛大なため息を吐いた。

一応予定としては結婚後に住む家をどこにするか候補を立てたかったのだ。


で、夕陽がいくつか絞った中から最終的に二人で決める方向にしたかったのだが、実際はネットで不動産をチェックする暇さえなかった。


するとみなみは夕陽を包むように抱きしめる。

柔らかな身体の温もりと柑橘系の香水の香りがふわりと混じり、疲れた心が解きほぐれる。


こういう瞬間、やっぱり彼女を好きだなと強く感じる。



「あまり抱え込まないで大丈夫だよ。夕陽さんだけが頑張らなくてもいいんだからね。私もわからない事ばかりだけど勉強するから。だから二人で準備しよ?」



「……ふぅ。お前に任せておけないから…ま、いいか。うん、そうだな。二人でやっていこう」



「うん。約束だよ…」



みなみの身体を改めて抱きしめると、夕陽はしばらくの間、彼女の温もりに身を預けた。



        ☆☆☆☆



「そういえばさ、お前部屋はちゃんと片付けてんだろうな?」



「へ?あ、あぁ。多分大丈夫大丈夫。だって三週間帰ってなかったし。汚しようがないじゃん…つーか夕陽さん、これから妻になろうという相手にオカンみたいな事言わないでよね」



「お前が殺意が湧くくらい部屋を片付けないからだよ。よし。抜き打ちチェックしてやる。行くぞ」



そう言うと夕陽は隣にあるみなみの部屋へ行くべく、エプロンを外した。



「ちょっ…えーっ、マジで?いや、ちょっと汚れてるかもだけど、まぁ人は住める程度の汚れだと思うよ?」



「やっぱり片付けてないんじゃねーか。ったく、取り返しがつかないくらいカオスになる前に片付けるぞ」



「やー、ちょっと、久しぶりのラブハグタイムはー?」




「そんなの却下だ!それに何だそのクソださいイベントは」



まだ後ろから何か抗議しているみなみの声を無視して夕陽は隣室のロックを解除する。

そして勢いよくドアを開け放った。



「で、今回はどこまで侵食してんだ………ん?」



玄関周りを見て夕陽が固まっている。



「あれあれ、どうしたの夕陽さん。まさか手遅れ?もしかしてあの最強モンスター「G」の巣窟になってた?」



初めて見る夕陽の反応に恐る恐るみなみも彼の片口から様子を見てみた。



「あれ、超キレイじゃん!やるなぁ、私」



眼前に広がるみなみの部屋の玄関は、埃一つ見えないくらいピカピカに磨き上げられ、モノトーンのシューズボックスの上にはガラスの一輪挿しにガーベラが飾られていた。


しかもいつも脱ぎっぱなしの大量のブーツも綺麗に片付けられ、フローラルな消臭剤から漂う香りで爽やかな空間に生まれ変わっている。



しかし夕陽は不審そうに顔を歪めた。

そしてシューズボックスの上に飾られた花瓶を手に取る。



「おい、これ生花だろ。お前、三週間ここに帰ってなかったんだよな?だったら何で花がこんなに新鮮なんだよ」



大体花瓶の水は季節によるが、二、三日水換えを怠ると腐って枯れてしまう。

花瓶の中で雑菌が増えてしまうからだ。

ガーベラなんて特に日保ちする花ではない。

花にはあまり詳しくない夕陽でもそれくらいはわかる。



「えー、それって夕陽さんがやったとか?」



「俺は仕事が詰まってたって言っただろう?とてもずっと留守にしてるお前の部屋までは気が回らなかったよ」



「あ〜、そっかぁ、だったら………」




みなみが不思議そうに小首を傾げた時だった。

不意にリビングの扉が開いて中から見知らぬ小柄な中年の女性が出てきた。



「あら、さっきから何か声がすると思ったら…」



夕陽は思わず花瓶を落とすところだった。

慌ててそれを元の位置に戻す。



「え…と、誰…?」



一体この人は何者なんだろうと思っていると、後ろのみなみが震える声で前へ出てきた。



「何で……お母さんが…」




「えっ?お母さん!?」




夕陽は混乱した頭を抱え、二人を交互に見た。










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