第195話
「え、マジで結婚ゴーサイン出たのか?」
帰宅した夕陽は、途中みなみが自宅で着替えるというのでその間夕食を作り、久しぶりに二人きりでの食事になった。
その最中、食後に話す予定が待ちきれなくて、みなみが誇らしげに「重大発表」を告知してきた。
正直、夕陽は内心現時点での彼女との結婚は無理なのではと思っていた。
デビューしたての頃のトロピカルエースはアイドルというよりはバラエティタレントという印象が強く、人気もないとは言えないが微妙なポジションだった。
それも既にデビューしていたさらさと陽菜の認知度や元プロ野球選手の娘のエナへの好奇心で嵩増しされていた感が強い。
個性もバラバラでそれぞれが勝手気ままに活動する。
そんなスタイルだったトロピカルエースが去年辺りから急激に変わった。
これはメンバー以外で夕陽だけが知っている事だが去年あった、さらさとの一件を経てグループ内にあった余所余所しい空気が変わったのだ。
それ以降、さらさを中心にグループでのまとまりが出て、次第にそれは人気へと繋がっていった。
今やトップアイドルグループを牽引しているといってもいいくらい今のトロピカルエースには勢いがある。
そんな最中でのメンバーの結婚は許されるのだろうかと。
「うん。私もあんまりいい顔されないだろうなとは思ってたんだけど、結構あっさりしてた。結婚したいならすればみたいな」
「いやいやマジかよ。そんな簡単にいいのかよで」
平打ちのフェットチーネパスタに濃厚なデミグラスを引き立たせたソースを絡め、それを焼きそばのように箸を使って食べるみなみは、少し興奮気味だ。
「だよねー。でも今引き受けている仕事が落ち着くまではダメだって。それまではSNSでの匂わせとか、二人でいるところを撮られるのもダメって言われた」
「微妙な時期だからな。まぁわかるよ。それまでにこっちも準備があるし、ゆっくりやっていこうぜ」
夕陽はフォークで綺麗にパスタを巻き取り、口へ運んだ。
「準備って何?もしかして子作り的な?」
「ブッ…」
頬を赤らめてとんでもない事を口走るみなみに、夕陽は飲み込みかけたパスタを噴射しそうになる。
「バカか、お前は!それは結婚した後の話だろ。前も言ったと思うが、急に結婚って言っても色々準備があるんだよ。役所へ手続きしたり、新居決めたり、両家の顔合わせとか…これは人それぞれだと思うけどな」
「ふーん。何か夕陽さん、もう結婚体験済みたいな?二周目強くてコンテ感あんね」
「なんだそれは。常識の範囲だろ。みなみは仕事もあるし、俺だけで進められる事はやっておくよ。事前事後に相談もする」
「うん。じゃあそれはヨロで♡」
「マジでわかってんのかね。コイツは…」
一瞬、本当に自分は彼女と本気で結婚したいのか疑ってしまいそうになる。
しかしこうなると、いよいよあやふやだった結婚という夢が現実になるという実感が湧いて来た。
これから忙しくなるだろう。
そこでふと夕陽の脳裏に疑問が浮かぶ。
「そういえばお前の両親にはいつ報告するんだ?俺も一度ご挨拶したいんだが」
「え、親に?」
みなみの両親は離婚している事は知っている。
だが、家族になるのだから挨拶はしたい。
単純にそう思ったから口にしたのだが、みなみの様子がおかしい。
「おいおい、どうしたんだよ」
何か気まずい事でもあるのだろうか。
そんな不安がもたげたところで、みなみはポツリと呟く。
「別に親に言わなくてもいいんじゃね?…その、恥ずいし」
「はっ?言うだろ。普通。それに恥ずいってなんだよ。まぁ、お前のところは事情もあるだろうけど、結婚だぞ?二人にとってお前が娘なのは変わらないんだし、何も言わないのはないと思う」
「うーわ。正論キツっ。わかったよ。それは……ちゃんと考えるから。もうちょい時間ちょうだい」
みなみの様子から多分両親との間に何かあるのかもしれない。
しかしそれは夕陽が無理に介入するより、みなみ自身で解決した方がいい。
そう考えた夕陽は言おうとした言葉を飲み込んで、落ち着きを取り戻した。
「お…おぅ。わかった。そこは任せるよ。話せるようになったらでいい。じゃあ結婚に向けて準備していくか」
「うん!頑張ろうね。夕陽さん」
みなみはようやく表情を明るくした。
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