第193話

「今日のプレゼン、全然ダメだったわ。準備不足が露呈して空回りしまくってた」



「はははっ。佐久間は真面目すぎるんだよ。取り敢えず出来てるとこまでやって、後は後日しっかりしたヤツ持って来ますって締めりゃ良かったのに。馬鹿正直に答えすぎ」



夜。軽い残業を終えた夕陽と同僚の佐久間は今日の仕事の反省をしながら会社のロビーかれ連れ立って出て来た。


今日は新しいプロジェクトが立ち上がり、その立案から企画までを全て佐久間が仕切る事になった為、年明け早々連日忙しい日々が続いていた。


ロビーを出て駅へ向かう中、夕陽は前方に小柄な人影を見つけて訝し気に眉を顰める。



「ん?どうした。夕陽」



その様子を不信に思ったのか、佐久間もそちらへ視線をやる。



「あれ女の子…か?誰か待ってるのかな。何か困ってるのかもしれない。ちょっと俺、行ってくるわ」



「あぁ、いやいや、そいつはいいって、佐久間っ」



その人物に心当たりがあるのか、夕陽は焦った様子で佐久間に制止をかけるが、人のいい佐久間はそのまま真っ直ぐ歩き出し、その人物に声をかけた。



「あの、誰かを待っているんですか?もし社内の人間だったら俺、呼んできますよ」



「え、いいんですか?…って、あれ夕陽さん」



佐久間が声をかけた人物は可愛らしい澄んだ声でパッと顔を上げた。

縁の黒い伊達メガネにセンター分けのおさげ髪、やぼったい厚手のコートを羽織った鈍臭い格好だが、夕陽にはすぐにそれが誰だかわかった。



「お前…何でここに」




「ふふふ。来ちゃった♡」




小柄な人物の正体は永瀬みなみだった。

まさか彼女が夕陽の会社の前にいるなんて今までなかった事なのでかなり面食らった。




「来ちゃったじゃねーよ。いいのかよ。こんなトコ来て。つかよく俺の勤め先わかったな」



「ん。前に貰った社名入った封筒に住所あったから後はスマホのナビで」



「マジかよ。軽いストーカーじゃん」




「えー、そこ喜ぶトコじゃない?」




「別に嬉しくないし。戸惑いの方がエグいくらい勝ってるわ」



夕陽がそう毒づくと、今まで黙って二人のやり取りを傍観していた佐久間が夕陽に耳打ちする。



「お前の知り合い?」



「え、あっ。悪い。お前放置しちゃったな。こいつはその…あー何だ?」



夕陽は歯切れ悪く、チラチラとみなみの方と佐久間を交互に見た。



「彼女さん?」



「いえ、妻ですの♡ほほほ」



横から妙な奥様オーラを充満させたみなみを夕陽は片手で引き戻す。



「バカ言うな!違うって。あの、コイツはまぁ、今付き合ってる彼女」



「あ。そうなんだ。夕陽に彼女がいるって事は薄々わかってたけど、全然話してくれないし、写真も見せてくれないからどんな子か気になってたんだ。凄く綺麗で可愛い子じゃないか」



佐久間はやけに熱っぽい目でみなみを見ている。

今のみなみはノーメイクで格好も随分鈍臭いのだが、一体彼はみなみの何を見てそう思ったのだろう。




「やだ♡綺麗で色っぽくて知的だなんて」



「随分盛ったな、おい」



「あ、そっか。じゃあお邪魔しちゃ悪いから俺は先に行くな。夕陽またな。彼女さんも」



「はーい♡」



佐久間は二人に礼をすると、すぐに雑踏の中へ消えていった。



「で、今日は何の用事だったんだ?」



二人きりになり、夕陽はみなみをチラリと見やる。



「ふふふ。いい事があったから直接言いに来たの」



「いい事?」



みなみは夕陽の腕を取る。



「あー、早く言いたいな、言いたいな♡」



「だから早く言えよ!」



「家に着くまでのお楽しみだよ♡あぁ、早く言いたいな」



「コイツ…早く言いたいなら今言えよ。気になるだろうが」




        ☆☆☆




「はぁ、可愛い子だったな。夕陽が羨ましいや」



電車を降りた佐久間は地下鉄の乗り換えで渋谷駅に出て来た。


彼の脳裏には先程別れた夕陽の彼女の笑顔が何度も再生されている。


愛らしい目元、優しく笑みを形作る桜色の唇。

あんな女の子がいつも側にいてくれたらどんなに毎日が楽しい事だろう。


そんなフワフワした気持ちでスクランブル交差点を渡った瞬間だった。


ビルボードにトロピカルエースが映った。

それを無意識に見た佐久間の目が大きく見開かれた。



「あの子みたいだ…」



彼の視線の先にはセンターで歌う桜色の衣装が可愛らしいみなみの姿があった。



「ふぅん…トロピカルエースっていうんだ。曲、ダウンロードしてみようかな」



佐久間はスマホを取り出し、ザワザワする胸をそっと抑えた。

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