第192話
ここは所属事務所「six moon」の社長室。
アクリルのパーティションで区切られただけのシンプルかつ簡素な応接ルームには、タレントよりも派手な身なりの女性がさも退屈そうにあくびをしている。
彼女はこの事務所の社長、前垣由乃。
去年、彼女の夫だった前社長が離婚をきっかけに退任した為、彼女が引き継ぐ形になった。
その向かいに座るみなみは緊張で挙動不審気味に辺りをキョロキョロしている。
「何、結婚?あんたが?いつすんの?」
「あ、いえまだ具体的には何も…」
「は?何よそのアバウトな言い方は。あんたまさか相手すらまだ未定って言うんじゃないでしょうね」
由乃は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「いえ、相手はちゃんと存在してます。リアルです」
「へぇ。そんな奇特な男、マジでリアルでいんの?まともなんでしょうね?何してる人?」
由乃は身を乗り出して矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
まるでどこかの芸能記者のようだ。
「えーと、まぁ普通のサラリーマンです。あたしより数倍しっかりした人です」
「へぇ、そんな男、簡単に見つかるものかなぁ。どうやって知り合ったのさ」
「ま…まぁ、色々あって…」
夕陽との出会いに関しては話せば長くなってしまう。
それに話すとライブ後に客席に行った事がバレてしまうので、みなみは言葉を濁す事にした。
「ふぅん。まぁここに入って来た時、あんた相当な男嫌いだったから、ちゃんとやってけるのか心配だったんだよね。それがちゃっかり男作って結婚したいって、そりゃ驚くわ」
「うぐっ……あの、もしかして反対されるんですか?」
みなみは伺うようやな目で社長を見上げた。
濃いアイラインに縁取られたインパクトのある目に見下ろされ、更に緊張が高まる。
「べっつにー。したけりゃどうぞ」
「えっ、いいんですか?」
思わずみなみは立ち上がった。
それを見た由乃は面白くないような顔で肩を竦めた。
「だから何で反対前提なんよ?あたしは別に恋愛も結婚も禁じてないよ。ただ人様に迷惑にならないものであればね。それはね、親心なの。あんた達、タレントをウチで預かるってなった日から、皆ウチの可愛い我が子なんだから。その我が子が幸せになりたいっていう時に誰が反対するってよ」
「社長……」
由乃は軽く笑った。
そういえば最初にこの事務所に所属が決まった時、副社長だった彼女は笑って、お前らは我が子なんだと言っていたのを思い出した。
「まぁ、出来るなら次のドラマと去年撮った映画のプロモーションが終わった後での発表が望ましいんだけどどう?」
「あ、それははい。私もそのつもりです」
すると由乃は分厚い手帳を取り出してペラペラ捲り始める。
彼女はアナログ派なので、その一冊の手帳に所属タレント全員のスケジュールを書いて把握していた。
やがて目当てのページへ辿り着いた吉野は嬉しそうにボールペンをクルクル回した。
「よし、じゃあその合間、七月に調整して発表するか。それまでに準備しておくんだぞ?どうせお前さんの事だから婚姻届さえ出せば万事オッケーとか思ってんだろ」
「うぐっ」
確かちょうど正月に目その事で夕陽にも嗜められたばかりの話だ。
「でもっ、私、結婚してもいいんですよね?」
みなみが嬉しそうに身を乗り出す。
由乃は軽く頷いた。
「だからこっちもそのつもりで動くっての!いいか、その代わりそれまで羽目外して写真撮られたり、余計なスキャンダルは避けろよ?」
「わかってますって!」
みなみはそのまま小躍りしそうな勢いで部屋を出て行った。
「本当にわかっているのかね。あいつは」
由乃は軽いため息を吐いた。
「しかし結婚か…。早いものだ」
またこれで結婚へのステップを一段上がった。
みなみは満足そうに頷く。
「絶対幸せになってやるんだ!」
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