第191話
「やっぱさぁ、結婚って人生の墓場だってつくづく思うのよねぇ。だから相手からそんな話題が出そうなムードになった瞬間、あたしなら即座に話題を変えちゃうわね」
こちらはテレビ番組の収録スタジオのある楽屋内。
小さな応接セットには飲み物と弁当、そして菓子類や軽食の類が置いてある。
それらを適当に摘みながら、限竜は今日の共演者であるエナと怜を相手に談笑していた。
今日はトロピカルエースの怜とエナが司会を担当するバラエティー番組の収録がある。
限竜はそのゲストとして収録に参加する。
今回は待ち時間が長めで、退屈した怜たちが限竜の楽屋に暇つぶしで訪ねて来ていた。
そして三人の話題はネットニュースの芸能ゴシップから個人の結婚観へ移っていた。
「えー、それはちょっとないと思うわ。相手の子、可哀想」
怜は不満げに顔を顰めた。
エナも同意なのか、しきりに首を上下に振っている。
「バカね。結婚にそんな夢描いちゃダメよ」
限竜はさも厭そうにため息を吐いた。
彼の所属事務所は社長である円堂の弟のトラブルで退任が決まり、年明けから副社長がそのまま就任している。
本来なら円堂の息子である限竜が社長を継いでも良かったのだが、弁護士と相談した結果、その事実は伏せておいて別の事務所へ移籍した方がいいという見解となり、三月で退所して四月からは演歌一本でやっていく為、そちらに力を入れている事務所へ移籍する事が決まっていた。
だからこうしてバラエティー番組に出演する機会もこれからは減ってしまうだろう。
「夢描いて何が悪いの?だって結婚したら好きな人とずっと一緒にいられるんだから。寝る時も起きる時も一緒♡夜にバイバイって別々の家に帰らなくてもいいの最高かよ」
怜はうっとりと瞼を閉じた。
一体誰との甘い生活を想像しているのやら。
「ふん。そんなの同棲すりゃ解決するじゃない。別に結婚しなくても出来る事よ」
「それはそうかもしれないけど……」
限竜はその甘い幻想を一刀両断に切り捨てた。
そして言葉を続ける。
「いい?結婚したら自分で稼いだお金は共有の財産として家庭のものになるのよ。大体それは妻が管理する。だからもう好き勝手、思うままに衝動買いも出来ないし、パパっと思いつきで車も買えないのよ?」
「げぇー、演歌王子、思いつきで車買うかよ。えげつね?」
エナは心底げんなりした顔で限竜から距離を取った。
「いいじゃない。自分頑張ったねご褒美♡」
「発想がOL風だけど、買ってるモノが可愛くないじゃん。どこの富豪よ」
「それにね、思いつきで仕事帰りにドバイとかハワイとか行ったり出来なくなるし、趣味のクワガタだって、きっと幼虫キモいってゴミに出されるわ。それに新発売のゲームを完徹でクリアする自堕落なオフだって出来なくなるじゃない!」
「うーわー、アンタ一生独身貫きなよ」
「幼虫、キモ…」
ドン引きな二人を前に限竜は菓子をパキンと噛み砕いた。
「いやね。あたしだって別に一人がいいってわけじゃないわ。女の子とイチャイチャしたいわよ。だけど結婚となると話は違うっての」
そこで限竜は言葉を切った。
あの大学を卒業した時に父親から告げられた真実。
父と思っていた人は本当の父親ではなかった。
それから自分の考え方も大きく変わってしまった。
二人には適当な事を言ったが、本当は結婚して親になるのが怖かった。
父のようにはなりたくなかった。
だけどそれもまた少しずつ変わっていく。
いつかは乗り越えられるかもしれないし、このままかもしれない。
「まぁ、確かに恋愛は夢で結婚は現実っていうからね。だから精々今を楽しまなくちゃって思うのよね」
怜はため息を吐いた。
その時、マネージャーとスタッフが入って来た。
「そろそろ本番ですよ。移動お願いします」
「わかりました。じゃあエナ、行くよ」
怜はエナを連れて歩き出す。
限竜もゆっくりと立ち上がる。
「さて、今日も頑張りますか!」
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